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快適な眠り・安眠を提案する菊屋「安眠.com」

No.1039 【本日誕生】ねいるケアあんみんメゾッド

2018年10月01日

昨夜から日本列島を縦断した台風24号、怖かったですね。

私のところも壁がめくられる等の被害があり、昨夜遅くから
本日・10月1日の夕刻まで停電となりました。

日本全国、いろいろなところで自然災害が起きていますので
当たり前の停電でしょうが、私の62年間の人生の中では、このような
長時間の停電は初めての体験でした。
かなり、幸せ者なんでしょうね。申し訳ありません。

改めまして、お世話になっています。

菊屋の店主・三島治です。

今日10月1日は、先代の父の40年目の命日です。

1951年 静岡県磐田市で「三島屋ふとん店」を創業した父は1978年の今日、
48歳の若さで他界しました。

父は亡くなる3日前、最後の力を振り絞ったかのように、店の名前を
「三島屋ふとん店」から「菊屋」と改名してから、逝ったのです。

それから、40年が経過しました。

若い人たちにとって40年はとても長い年月に思えますが、50代以上の
人にとっては、何とも懐かしい感じを持たせる年月です。

父を懐かしむところに立っています。私にとっては偉大な父で、
誰よりも尊敬していました。とても私には父の真似はできないと
思ってきました。

店の経営が大変な時には、父の墓前で相談をしてきました。

そうこうして40年が経過しました。

今立っているここは、父亡き後、私がつくってきた菊屋の現実です。

菊屋は父亡き後、40年経過しても、まだ存続してます。

それも、私の心ひとつで存在しているかのようにも思えるのです。

私の心が倒れると、父の興した菊屋はなくなります。

その意味で、菊屋は私の心ひとつの存在だと言えるでしょう。

父の亡くなった時、大学4年生だった私は家業である菊屋を引き継ぐ
必要・義務があったわけではなかったと思います。

私が勝手に継いだのです。父から「治よ、あとを頼むぞ」と頼まれた
記憶はありません。父はそんなことは言っていません。

私が父の「眠りを通して社会に働きかけよう」とする父の志を勝手に
継いだのです。

私のその勝手な選択・行為に対して叔父や叔母、妹弟たちもみんな
応援してくれました。自分たちの人生を提供してくれました。

でも、みんなが幸せになっていたかといと「ごめんなさい」となります。

迷惑をかけてしまったということになります。・・・・・・・

そんなことを本日、父の40年たった命日に考えたのです。

幸い、台風で停電となり、店も開店休業・手も足も出ない状況で
じっくりと考えることができたのです。

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40年前に他界にた 父・三島昇 享年 48歳

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父は祖父が若くして他界したため医者になるという志を捨て、
大阪の叔父の下で修行をし手っ取り早く収入源となる小売店
「三島屋ふとん店」をはじめた。1951年(昭和26年)のことである。

大阪で恋仲となった母を磐田に迎えて二人三脚。
「しあわせな夜をあなたに」スローガンに頑張った

物不足の時世、寝具(ふとん)は社会的な要請を受け、また
化学繊維・マットレス等の出現は寝具の需要を高め、
三島屋ふとん店も時流に乗った商いを続けていた。
私たち妹弟も健やかに成長させていただいた。

しかし、昭和46年母は肺炎をこじらせ41歳の若さで他界。
同時期、父も白血病と判断され死の宣告を受けていた。

父は商売を続ける気力を失い店を畳む覚悟でいたらしい。

そこに出会ったのが義理の母。義母は父に愛と勇気とチャンスを与え、
父もしっかりそれに応え店を再興することとなった。

支店・営業所を設け、三島屋ふとん店は勢いのある店として復活。

しかし、以前より白血病で死の宣告を受けていた父にとっては、
当時の商売のあり方は違うと思っていたようだ。

実際に販売している寝具は、化学繊維、ウレタンマットレスで、
本当に良い「眠り」が得られるだろうか? そんあはずはないと

父は亡くなる5年ほど前から インドより高品質の綿を取り寄せて 
「本物ふとん」 を製造・販売をしていた。

ここに貴重なテープが残っているが、これは父から私が受け継ぎ、
そして次に受け渡すべきものであろう。

同時に父は、磐田の隣の浜松に「能力開発研究所」なるものを開設した。

「能力開発研究所」では,誰もがそれぞれに天から与えられた特技(個性)を
活かすべく天の声が聞き取れるよう、こころを空にすること、清い心で
眠りに就くこと、そして、そのための眠りにつく前の心構え、一日の終え方・
はじめ方等、自然に抱かれる「眠り」の啓蒙活動が展開された。

父の晩年の仕事は、ふとん屋ではなく、眠りと個性の発揮についての啓蒙
活動であったと言る。

父からは、人は眠るのではなく、眠らされる存在だと教え込まれてきた。

その父が1978年9月28日に「三島屋ふとん店」を終わらせ「菊屋」とした。

そして3日後の10月1日 48歳の若さで逝ったのです。

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それから40年 父を懐かしみながら 菊屋の40年を回顧

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私、三島治は22歳、義母がやめるといっている菊屋を継いだ。

父が終わらせた「ふとん店」だが、私が頑張っていたのは
地域一番店の寝具専門店、「ふとん屋」稼業でした。

義母が止めるといった菊屋は斜陽産業である田舎町の「ふとん店」と
なっていました。

頑張れども頑張れども、我が暮らし良くならず。嫁の来てもなかった。

ところが、幸運にも隣の隣の隣の隣の同じ商店街のおもちゃ屋の次女を
妻として迎えることができました。35歳の時でした。

「菊屋」の軌道修正を何度も余儀なくされた。

そして1996年5月22日 40歳の誕生日にHP anmin.com を開設

爾来

1997年 インターネットでの蚊帳の販売開始
2000年 朝日新聞「天声人語」をはじめ、メディアに登場 
2004年 大麻(ヘンプ)でカラミ織の蚊帳を開発
2005年 蚊帳の博物館をオープン
2009年 まちかどのフィランソロピスト賞受賞 磐田市民賞受賞 
2011年 身体に支障をきたし頸椎の大手術
2012年 【講座】「クスリに頼らない安眠術」を旋回基軸として確立
2013年 旋回基軸に「枕つくりのワークショップ」が旋回 
2014年 イビキ対策に横向がベストだと、横向きベストを開発
2015年 40年ぶりに 三島屋ふとん店時代の「本物ふとん」を復元
2016年 熊本大震災の日に左腕が上がらなくなる アーシングとの出会い
2017年 アーシングセミナーを開始  年末・鬱の一歩手前 眠れなくなる
2018年 藍染・ヘンプ蚊帳(アースネット) 藍染ヘンプかやケットの発売

このように、ホームページを開設して、蚊帳を蘇らせた菊屋は「蚊帳屋」の
ようになっていったのだが、そこに「心身の清め」のような試練を受けた。

そして、本日、父の40年の命日に「ねいるケアあんみんメゾッド」を公開

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本日 「眠りを変えて人生を輝かせよう」をスローガンに
    【ねいるケアあんみんメゾッド】を公開します

    http://anmin.com/anmin/page-4395/

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「ねいるケアあんみんメゾッド」のルーツは父の「能力開発研究所」です。

眠りを通して、個性の花を咲かせることで人生を輝かせ、個人も社会も
良くしていこうという社会活動を父から私が受け継ぎ、
そして次に受け渡すべきものであると、40年前に私は父亡き後、家業を
継ぐ決心をしたのでした。

「ねいるケアあんみんメゾッド」は、父から受け継いだ眠りに対する
考え方、行動、環境設定のメゾッドであり、他方、もがき苦しみながら
無我夢中で培ってきた【講座】「クスリに頼らない安眠術」の
マインドフルネス(瞑想)法です。

私たちは常に不安を抱えて生きています。眠りで解決したいと思っても
不安や恐れが先行して眠れなくて困っている人が多いのです。

布団屋の私もそうだから、世の中には眠りたくても眠れなくなって
もがいている人が大勢いるはずです。

そうかといって、不眠症の治療薬に頼ることになと器官の損傷、ホルモン
バランスの乱れ、薬物依存といった問題が生じる恐れがある。

病院に行って、クスリに頼る前に是非、睡眠環境を整える行動をとり
この「脳のトレーニング法」ともいえる「ねいるケアあんみんメゾッド」を
おススメします。

時代遅れの蚊帳を強制的に吊れとは申しませんが、蚊帳の中は安心感・
守られ感が漂い実に穏やかな空間です。

睡眠薬や睡眠負債とはきっぱり決別し、劣悪な寝具と睡眠環境を改善しながら

眠りを変えて人生を輝かせましょう。

 ねいるケアあんみんメゾッド
   →  http://anmin.com/anmin/page-4395/

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