蚊帳(かや)が 私を 世界へ 連れて行く

私がインターネット上に蚊帳をデビューさせたのは1996年、
6年後の2002年 その蚊帳が 私を さらに世界へと誘っている



田舎町のふとん屋の私がインターネット上にホームページを立ち上げたのが1996年。
目的は、傾きかけた自分の商売を何とかしなければということと、お家再興。
「人々に役に立ってこそ、はじめて自分も救われる」の摂理のもと、人々に健康で快適な眠りを提供することができますようにと、ホームページを立ち上げました。(ホームページの軌跡
当初は安眠のための枕を中心の商品展開でしたが、インターネットの双方向性から、蚊帳を取り扱うようになって、あちらこちらから、お声がけをしていただくようになりました。

蚊帳で、わが身を助けていただいたのですから、今度はこの蚊帳で、社会のお役に立たなければ罰が当たると、手段が分からないまま「アフリカに蚊帳を贈る運動」なども展開しました。

そんな中、2002年に弓削康史氏と不思議なご縁で結ばれました。弓削氏はブータン王国との親善大使も務めていらっしゃり、奥様の昭子さまは、女性としては初の国連事務次長補兼UNDP管理局長をされていて、国連本部のあるニューヨークと東京を行ったり来たり、世界をまたにかけて活躍されています。

弓削氏からマルセル・ダブルマン氏を紹介されました。ダブルマン氏は元は国連の職員でアフリカのマラリア情勢を見かねて 自らバンコクに蚊帳の製造メーカー「サイアムダッチ」社を立ち上げた方です。現在はベッドネットという会社を興し、自らもアフリカからマラリア撲滅に活躍されています。

現在展開中の 世界中に安眠運動で、カメルーンやマダガスカルに蚊帳を贈ったときも、ダブルマン氏から調達し、バンコクから空路、カメルーンやマダガスカルに蚊帳を送っていただきました。
アフリカの子供たちも救われることでしょうが、本当に不思議なご縁で、助けていただいております。
あなたの眠りが世界を救う、あんみんハンカチ運動にご協力ください。  感謝・合掌。


蚊帳がご縁の出会い
2002年4月27日 於)帝国ホテル

マラリア対策の蚊帳の生産世界一を誇る
「サイアムダッチ・モスキートネッティング」をつくりあげたマルセル・ダブルマン氏 (左端)と 弓削康史氏
蚊帳が取持つ不思議なご縁でお互いの蚊帳についてさまざまな意見交換をしました。その後、バンコクでもお世話になりました。

蚊帳が取持つ奇しきご縁

ある日届いた 一通の メール


世界の100人 が蚊帳(かや)を 使うとしたら・・・・

私たちが住んでいるこの世界を、100人の村にしてしまい、
村人がどのような蚊帳を使うか?
両端の蚊帳よりも断然に中央の蚊帳(モスキュートネット)の数が多いのです!

現実には、栄養が十分でない村人がいます。食べ物の蓄えや、雨露をしのぐ場所のない
村人がいます。蚊帳を所有できずにマラリアで命を落とす子供もたくさんいます
それが、村の中にある厳しい現実でもあります。

マラリア病の分布
脳炎の世界分布


 そう知らされたとき、「あの村人より、私は幸せだ」といって、自分の境遇がありがたいと
喜ぶところでとどまっていられるのでしょうか。それが、同じ村に住む村人としての、あるべき
姿なのでしょうか。 確かに、多くの点で、私は恵まれた環境にあることは事実です。

マルセル・ダブルマン氏とそのことを確認しあいました。




虫を殺さず身を守る 蚊帳の精神が世界を包む

日々進化していく蚊帳
21世紀、蚊帳の精神が世界を包む
吊るすところがなくても使える
新しいタイプのモスキュートネット
21世紀の日本に蚊帳がよみがえったようである。
発端はなんと言ってもこの道具としてのインターネット活用です。
そこから多くのご利用者を通して、メディア全般にも広がっていった。
21世紀の日本の蚊帳は、蚊帳そのものが持つ不思議な属性、
例えば、虫を殺さずに身を守ると言う共存〜共生の考え方や聖なる
睡眠空間をつくり出したり、蚊帳の中・蚊帳の外に表現される帰属
意識・・・・等々、思いは寝床から世界へ、地球環境へと広がっていく。

今、日本で蚊帳の新しい使命について
日本発で発信できるものを培ってきたと思います。

同時に世界に目を向ければ・・・世界に目を向けるきっかけを与えて
いただき
素晴らしき実践者=同志であるマルセル・ダブルマン氏 と
たいへん有意義な時間とこころを共有することが出来ました。

私は蚊帳ではなくスリーピングネットから世界を見ることが出来
ダブルマン氏はモスキュートネットから蚊帳をご覧頂いたようです。
私たちの、大きな目標は世界人類の幸福に寄与することです。