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快適な眠り・安眠を提案する菊屋「安眠.com」

 序章  蚊帳が蘇るまで

21世紀の日本に再び、蚊帳を復活させた私は1956年(昭和31年)静岡県磐田市で寝具店を営んでいる両親のもとに生まれました。もはや戦後ではないと言われたが、まだまだモノ不足の時代。ふとんは作れば売れた時代。

安眠コム菊屋の前身 三島屋ふとん店創業当時

蚊帳は、日本の夏の風物詩としてどこの家庭でも愛用されていて、日本全国で年間300万張りの生産をしていました。
ふとん屋に限らず、モノさえ確保できれば、だれでもがそれほど苦労せずとも商売をガッチリとやっていけた時代でした。

ふとん屋の子供である私たち兄弟は、両親の愛情いっぱい漂う「蚊帳の中」、守られ感ある「蚊帳の中」で、安心して過ごすことができたていった。

ところが、昭和53年、父は48歳の若さで他界したのをきっかけに、私は時代遅れとなりつつあった「ふとん屋」を継ぐことになりました。

「滅びゆくものに栄光あれ」と言おうか「飛んで火にいる夏の虫」とでも言おうか、お家再興の武田勝頼か、はたまた真田幸村か、黙って負け戦をしない、どこかにきっと活路を!と、私は、命がけで戦ったのですが、やればやるほどに負債を積み重ねていくばかり・・・段々と、にっちもさっちもいかない状況に落ち込んでいきました。

もうダメだと意気消沈していたところに、1995年1月17日の関西淡路大震災を迎えた。この大震災で、尊い多くの命が犠牲となったのだが、孤軍奮闘の商売に人生を捧げていてもいいものだろうか?視点を変えて、生かされていることに感謝すべきだと反省した。

わがもの顔で暮らしていた私たち日本人は「人盛んなりて天に勝ち 天定まりて人に勝つ」のことわりを思い知らされたのでありました。

菊屋では、もとより自然派寝具を中心に品ぞろえをしていましたが、この関西淡路大震災が、蚊帳の復活の契機となるとは思ってもみませんでした。

震災の支援活動の中で新たな手段としてインターネットのチカラを見せつけられた私は震災の翌年の5月22日、40歳の誕生日に合わせてHPを開設すべく行動に出たのです。あとになってネットでネットがよみがえったと言われる起点です。

私はその大震災を機に、生かされていることに感謝し、原点に立ち返り、地域のお客様お一人お一人に自然派寝具のご案内をして回ることにしました。

菊屋の自然派寝具  キャメル敷ふとん  日干し丸洗いができる羽毛布団

震災からHP開設に向けて、HPの原案を練りながらも、先ずは地域社会で、自然と眠りをテーマに菊屋は立ち上がりました。

この時には、まだ蚊帳の復活など考えてもいませんでした。

さて、私たちの人生は、生まれる前に自らが書き上げたシナリオを演じきることだと、近頃、いっそう強く感じるようになりました。

この考え方は、肉体とは別の自分=魂があって、その魂が何度となく生まれ変わる「輪廻転生」を前提としなければ、成立しそうにありませんが、そのように考えるか否かは、各自の決めることで強制するつもりはありません。

私もそのように考える時もあれば、そうでない時もたくさんありましたが、還暦を過ぎて、そのように感じることが多くなったということなのです。

蚊帳と眠りに強くかかわり続けた自分の人生のシナリオについてこれから期していこうと思います。

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