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第二章 21世紀の幕開け 新しい蚊帳の役割

日本蚊帳商工組合の解散

日本の夏の風物詩であった蚊帳は、昭和40年頃を境に激減した。

西暦2000年、日本蚊帳商工組合の理事長は、「蚊帳がその社会的使命を終了した」として、伝統ある日本蚊帳商工組合を解散した。

解散時の組合理事長は、寝具業界では大手の京都西川社長、故・石橋武夫氏だった。

寛永年間(1620年代)、西川の二代目、甚五郎が、蚊帳の生地を萌黄色(もえぎいろ)に染め、紅布の縁をつけたデザインの『近江蚊帳』を販売し始めた。この西川家、創業460年のうち大半は蚊帳屋だった。西川の社歴からも、江戸時代の遊郭で初めて登場した綿ふとんを、実際に販売し始めたのは、明治に入ってからであり、蚊帳は、ふとんの歴史より何倍も長い歴史を背負っていたのだ。

日本蚊帳商工組合が解散に至った背景には、日本人の生活様式の変化があった。エアコンの普及や殺虫剤の開発、密閉された家屋…これらにより、蚊帳の需要はどんどんなくなっていった。こうなると、蚊帳を製造する側も生産縮小を余儀なくされ、廃業するところも多く、日本蚊帳商工組合も、二十世紀の終わりとともにその役割を終え、解散するに至ったのだ。

その年、私はインターネット上の叫びから、ムカデ対策用の蚊帳を開発したのである。
菊屋のムカデ対策蚊帳蚊帳が見直される萌芽が見え始めたのが、この頃だ。蚊など、虫よけだけではない、蚊帳の効用がいくつもわかってきた。

インターネットを通して、お客様からは、こちらが考えもしなかったような様々な用途の蚊帳の要望が寄せられはじめた。

・ムカデ対策用の蚊帳を開発

蚊帳は何度もいっているが、蚊を防ぐ寝具。ところが、私たちが眠っている時に危害を与えてくる虫は蚊だけではない。蚊帳を販売し始めたら、ムカデ対策用の蚊帳がほしいという要望が少なからず寄せられるようになった。

九州のFさんからは次のメールをいただいた。

私は九州のとある県の山間部に住んでいます。以前は、関西の都市部に住んでいました。

こちらにきて驚いたのが、「ムカデ」が多いことです。(マムシもいてます) 昨年はそうでもなかったのですが、今年はすでに家の中で六匹!も、遭遇しています(外では四匹)。

睡眠中、一昨年は私がムカデにかまれ、昨年は娘がかまれました。私の場合は小さなムカデで二~三日ぐらいで治ったのですが、娘のときは、大ムカデ 、体長15㎝くらいのやつにかまれ、緊急ですぐに病院に行って大変でした。

噛まれたところは水ぶくれになり、そこを中心に滅茶苦茶に腫れました。かまれた人は知っていると思いますが・・・。もちろん噛まれた瞬間は痛いのですが、痛いとゆうよりもやけどのように熱い!という感じです。

この他にもムカデ対策用の蚊帳の要望が寄せられいる。

・昨年、妻がムカデに首筋を刺されました。もうじき子供が産まれるので心配です。できれば私もムカデ対策用に全面張り(6面)の蚊帳が欲しいと思っています。
・うちは蚊よりもムカデの被害で困っています。 ムカデは床からも這ってくるのです。床部分もついた蚊帳というものはあるのでしょうか?
・家の中にムカデが出て寝ている子供が刺されました.蚊帳でムカデはふせげるのでしょうか・・・?

そこで、私も緊急に対策を講じ、底のある六面体のムカデ対策用の蚊帳を開発した。蚊帳が六面体のムカデ対策用の蚊帳だ。

まさか、このような蚊帳を作ることになるとは思ってもみなかった。

わが国の蚊帳の2000年の歴史のなかで、六面体の蚊帳をつくったのは私ども菊屋である。このことはたいへん誇りに思うべきだと自分に言い聞かせている。

おかげで、蚊帳で社会貢献・「助けて~!」の声に対応し続けて参りましたら、栄えあるフィランソロピスト賞や磐田市民賞、60の誠実な会社に選んでいただいた。

ご愛用者のみなさまからにはいろいろな励ましやお叱りを受けながら、ムカデ対策蚊帳を進化しさせてきた。

それもそのはず、底地があるので六面体のムカデ対策蚊帳は傷む。だから、毎年、サクラの開花宣言前に昨年来お預かりしたムカデ対策蚊帳を、全て 修理・補修・お洗濯して送り返さねばならない。

そのようにして、菊屋のムカデ対策蚊帳はどんどんと進化していった。

 ムカデ対策用の蚊帳を作り、感謝のメールをいくつもいただいた。この商売をしていて本当に良かったと思うのはこんなときだ。

 三島さん 先日、ムカデ用蚊帳を購入したものの娘です。実家に八ヶ月の子供と里帰りをしているのですが、今年は特にムカデの出没回数が多くて、もうすでに十匹近く。寝ているときに小さなムカデに私が刺されてしまいました。隣には子供が寝ていたのでぞっとしました。

 私も恐いけれど、子供が刺されたら・・・と思うと・・・。

 そこでムカデについていろいろ検索していた時に、ムカデ用蚊帳を知り、即購入決定!!!

 今では安心して夜も寝れます。本当にありがとうございました。夏の里帰りは憂鬱だったのですが、これで心配することもなくなりました。

 

その他にも

 古い社宅にすんでいて、今年五年目になるのですが、今の今までムカデなどでたことないのに、今月になっていきなり四匹もでました。

 妻は恐怖に震え、全然眠れないし、もう気が変になりそう。と言う始末。そりゃそうです。安心して眠れるはずもありません。これで噛まれた日には・・・。と言うことで、インターネットで検索して退治の方法を探ってみたのですが、根絶はむつかしいと知り、愕然としました。こんなに困っている人がいるんだーと

 そうこうしているうちに、こちらのページにたどりつきました。なんていいものをつくってるんですか!!!!

 もう即注文しました。そしたら、すぐに返事のメールがきました。

 早速、縫製にかかりました。明日には出荷できる予定です。」

 こんなに心強いことはありません。来るのを心待ちにしています。妻も大喜びでした。六面体にするなんて単純な発想かもしれませんが、それを技術的に可能にしてしまうことなど等いろいろ苦労があったことだと思います。もっと宣伝してください。助かる人がたくさんいると思います。

日本の文化 パリ凱旋

平成16年10月13日~15日の3日間、インテリアのプロからひと、環境、デザインをテーマとした展示会=IPEC21が国際展示場・東京ビックサイトにて開催され、そこに、新しいスタイルの蚊帳へのリクエストがあった。

この新しいスタイルの蚊帳は、東京芸術大学の講師でもあり、成田全日空ホテルをはじめ、全国の著名ホテルを設計デザインされた建築家・インテリアデザイナーである、浦一也氏の、株式会社 日建スペースデザインさんのデザインのもと、弊社の洗える新しいタイプの蚊帳生地(麻100%)とのコラボレーションによって出来上がった。

 

日本では古来、家をつくる場合は、「夏をもって旨とすべし」といわれてきた。それだけ日本の夏は蒸し暑く、過ごしにくいということだ。夏を快適に過ごすため、軒の深い屋根の下、家の開口部をできるだけ開放し、通風に期待する生活が展開されてきた。また、夏は虫も多く、眠りを妨げる。2000年前に中国大陸より渡来した、虫除けのためのネット状の「蚊帳」は、高温多湿な日本では、「麻」を織った蚊帳に発展していった。

近代、家の開口部はアルミサッシになり、「網戸」が普及し、さらに冷房を取り入れるようになったため、蚊帳は急激に姿を消していった。

しかし、蚊帳のやさしさ、癒しの効果は捨てがたいものがあり、昔のように開口部を開け放し、蚊帳の中で自然を感じたいと思うこともある。そんな蚊帳を、私たちは現代のスペースプロダクトとして再生したのだ。

「このかけがえのない安眠空間を世界のみなさんに知っていただき、アジアや日本の自然観や安眠の知恵を実感してもらいたい。」そんな思いで完成させたのが、KACOON(カク-ン)だ。

パリに凱旋した麻の蚊帳・カクーン

 (カク-ン)は、新しい蚊帳のかたちを求めたスペースプロダクトである。一辺2700mmの本麻で織った正四面体は、稜線のフレームによって自立する。中に正三角形のクッションを敷き、一人で昼寝をしたり、三人くらいでお茶を楽しむことも出来る空間である。蚊帳もクッションも折り畳んで専用のバッグに収納することができ、ポータブル性に優れている。蚊を防ぐという本来の機能に止まらず、瞬時に特別な空間をつくり出し、繭のように柔らかく人を包み込む、小宇宙のような蚊帳である。

私たちは、このKACOONと共に、フランスで開かれるショー、ムーブル de パリ(パリ国際家具見本市)に行ってきた。この見本市には、毎年、世界各地から家具やインテリアが集められる。インテリア・家具の作品が世界に認められる登竜門といっても過言でないような場所である。

私たちの三角形の蚊帳KACOONは、その中で多くの人々の注目を集めた。

この見本市には、プレス関係の方も多く見える。その中でも1937年にフランスで誕生し、現在世界25カ国で刊行している女性ファッション雑誌「マリクレール」が、「ぜひこの蚊帳を撮影して掲載したい」と、展示会の終了後、アフリカでの撮影に使われたのだった。その他、販売用としても、各国のバイヤーの方々から問い合わせを受けた。日本発のこの蚊帳が、世界的に波及していきそうな予感がした。

大陸から渡ってきた蚊帳が、長い時間をかけ、日本に合った「和のもの」として生まれ変わった。そこに優秀な若手デザイナーの英知が注ぎ込まれ、このような評価を受けたように感じています。

カクーン パリで

会場では私も、英語でこの蚊帳の説明をした。しかし、「蚊帳の中」に入ってもらえば、それで良かった。「蚊帳の中」では、私の拙い英語よりも、はるかに多くの、言葉を超えた感覚のような物が伝わるのだった。

「蚊帳の外」から、「蚊帳の中」へ。遠いフランスで、また新たに蚊帳の不思議を発見したような気がした、パリの見本市だった。

 

蚊帳の博物館オープン

2005年7月蚊帳の本家本元と言われた「京都西川」の協力をいただき、磐田市に蚊帳の博物館をオープンした。

蚊帳は英語で言うとモスキートネット。モスキート=蚊のネットと言う意味です。日本語では蚊帳「かちょう」です。蚊帳という字を書いて「かや」と読めない人が多くいます。漢字検定では2級のレベルだそうです。

日本語的には、それだけ難しいのでしょうし、すっかりと忘れ去られてしまったものと言うのでしょうか。

私たちは蚊帳を使ったことがあります。ですから蚊帳の中に入ると家族が一つ蚊帳の中で、安心して川の字になってやすんだこと、今はもうあの世に行ってしまった両親のこと、今は遠く離れ離れとなって暮らしている兄弟のこと、等々が思い出されます。

個性の芽が誰はばかることなく、どんどんと伸びていく、安全で安心して、安眠できる空間がこの蚊帳の中といえるでしょう。

そんな蚊帳を、今の子供たちにも残していってあげたいと思います。

モスキートネットが、この21世紀になって、スリーピングネットとして蚊帳がよみがえりつつあると実感しています。

この磐田が基地となって、ここ「蚊帳の博物館」を源として世界中が安心して安眠できるように頑張って行きたいと思います。

どうぞ、これからもご指導、ご支援賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

オープンにあたり、私はそのようなご挨拶をさせていただいた。

このオープニングセレモニーには磐田市長や京都西川の専務、そしてカメルーンで助産院として活躍した古田望美さんがお祝いに駆けつけてくれた。

蚊帳の博物館 オープンセレモニー 2005年7月20日

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