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第三章 ヘンプ(大麻)の不思議

いろいろ種類のある麻の蚊帳

蚊帳は日本独自のものではなく、奈良時代に遣唐使によって伝えられことなっている。素材は綿や絹で出来ていた。

蚊帳は経(たて)糸と、緯(よこ)糸からとによって織られているのだが、蚊帳の種類のはじめに出てくるものは、大陸から渡ってきたとされる「綿の蚊帳」だ。経糸も緯糸も綿100%の蚊帳がもっとも安価な蚊帳として登場するのである。

昭和60年の日本蚊帳商工組合の事務局・理事長を務めた京都西川の価格表では「純綿」の蚊帳として四畳半用で22,000円となっている。

続いて、タテ糸が綿で、ヨコ糸に麻を混紡したものが出てくる。このヨコ糸の混紡率は麻30%、レーヨン70%の比率で、蚊帳全体では15%ほどの麻の比率となる。この蚊帳のことを「片麻」の蚊帳と命名してある。価格表では純綿の蚊帳よりも5,000円ほど高く四畳半用で27,500円となっている。

その次に登場する蚊帳が、ヨコ糸だけでなくタテ糸も麻の混紡糸をもちいた蚊帳全体で麻が30%入っている「両麻」の蚊帳でこちらは39,000円となっている。

そして最後に登場する蚊帳がタテもヨコも麻100%の本糸を用いた「純麻」の蚊帳でこちらは、108,600円だ。この本糸でできた純麻の蚊帳は、純綿の蚊帳のなんと5倍もの価格で、一般庶民にとっては高嶺の花の高級品であった。

 

お情け程度に、ヨコ糸だけにレーヨンに麻30%を紛らせて混紡した「片麻」の蚊帳でも、涼感漂う「麻の蚊帳」として、まだそんなにエアコンが普及していない時代に、寝苦しい日本の夏を快適にしたことであろう。

 

このように「麻の蚊帳」といってもヨコ糸に混紡糸を用いた「片麻」、タテ・ヨコ共に混紡糸の「両麻」さらに本糸の「純麻」といった具合に三種類の蚊帳が存在していたのである。

 

誇らしげに、「宅の蚊帳は麻の蚊帳」とご近所さんと話をする奥さんの姿を想像すると、昭和の日本の夏の風物詩であった蚊帳を中心にした、ほのぼのとした社会の様子が目に浮かんでくる。

 

夜の虫よけ、蚊対策だけでなく高温多湿で寝苦しい夏を少しでも快適にするため、段階的に麻の量を増やすことによって、より快適な生活を実現していくことができた時代背景がそこにあったようだ。

 

麻の蚊帳が価値あるものだということがお分かりいただけたと思うが、麻の量を増やしていってその頂には純麻の蚊帳が君臨していた。

 

単なる虫よけ、蚊よけの道具としてだけでなく、夏の夜を快適に過ごすための麻の力は大きい。

言うまでもなく麻素材の大きな特徴にひとつは、非常に優れた“クール素材”だということだ。「夏は麻」と言われるように、夏用衣料素材として麻は高い評価を得ているから、麻織物の蚊帳もその麻の量が多ければ、多いほどその価値は高かった。

麻の特徴を列記すると “熱伝導・放熱速度” “水蒸気透過” “換気・織物の張り” “通気性” “剛さ”“汗の吸収と蒸発” “冷たさ・冷感” ”消臭性” ”抗菌性” 等があげられる。

その純麻の蚊帳というからには、麻100%となるのだが、その本糸とよばれる麻の正体はというと苧麻(ちょま)・ラミーであった。

 

これが戦後における日本の夏の風物詩であった麻を頂点とした蚊帳の種類となっている。

ここでは、あえて、戦後の蚊帳の蚊帳と記しておこう。

なぜなら戦前の麻の蚊帳はラミーではなかったからだ。これとは異なった別の麻でできていた。

この蚊帳素材の変貌は、敗戦によってアメリカの占領国となった日本の政治、経済、文化、日本人のアイデンティティの変貌ともいえるのである。

その意味においても、蚊帳は、天皇と同じように、「日本の象徴」のような存在ともいえるのだ。

 

アースデー 愛・地球博へ 蚊帳のリクエスト

 

20世紀最後の最先端技術であったインターネットの力で、時代遅れの蚊帳屋になった私は、古人の知恵に学び、蚊帳の素材に、麻の分量を増やすことで、人々がより快適に安眠できることを知った。

そして、大陸から伝えられた蚊帳が高温多湿な日本の気候に合ったように進化していくのと同じように、麻の量を増やす蚊帳つくりに取り組んだのである。

20世紀から21世紀へ移り行く中、殺虫剤やエアコンが嫌いで、自然な眠りを求めている人たちが求める新しい「21世紀の蚊帳」はタテ糸を絡ませながら、ヨコ糸を固定させ、洗濯も耐えることのできる「カラミ織」で織るようにした。なんでも洗濯したくなるきれい好きな現代人にあわせて織り上げた古くて新しい蚊帳である。

 

カラミ織と平織この織り方は、決して新しいものではなく、その昔は漁網や、蒸し布などに用いられたもので、水にも強い織り方である。このカラミ織の糸はたいていの場合、綿糸をつかって織っていたが、安眠できる、グレードの高い蚊帳にするのには、その素材を麻にしなければならなかった。オリジナリティを出すための生みの苦しさがあったが、どこに出しても通用する立派な麻生地を織り上げることができた。

 

より安眠できるよう麻の分量を最大限にした麻100%の蚊帳の素材として、タテ糸にラミー(苧麻)、ヨコ糸にはリネン(亜麻)を採用した。

 

菊紋和 和室用蚊帳この純麻の蚊帳がもっとも快適な安眠空間を構築できるものだと提案してきた。さらに、最上級の蚊帳として、蚊帳の縁から、吊紐に至るまで、糸を用いる個所は全て麻100%の極上仕立の蚊帳を、世に出すに至った。 これが菊屋謹製「菊紋和蚊帳」であった。

 

麻を追加すれば蚊帳の価値がさらに上がる。これぞ最高級の安眠空間を醸し出す蚊帳だと胸を張っていた私に対して、蚊帳の製造依頼があったのは、麻100%という表示が許されない「大麻」の蚊帳であった。

 

これが、戦前の蚊帳、大麻の蚊帳であった。

 

麻といっても色々な種類がある。わが国では1万年以上も前の縄文時代から、人々に使われてきた麻だが、昭和37年に制定された家庭用品品質表示法という法律で「大麻」は「指定外繊維」と蚊帳の外に追い出されてしまったのである。

 

この家庭用品品質表示法が戦前からあったならば、大麻は苧麻(ラミー)よりも早く、縄文時代から愛用されていた立派な繊維であるからして、一番に麻100%の表示を許されただろうに、現在は麻の表示を許されているのは20種類ほどのある麻の中では、苧麻(ラミー)と亜麻(リネン)だけとなっている。

 

戦後のアメリカGHQによる占領政策での大麻取締法によって、栽培することはもちろん、所持していても罰せられる、なんとも恐ろしい、そんな大麻で蚊帳を作れという依頼がきた。それもアメリカで生まれたアースデーというイベントへの出展依頼である。

 

指定外繊維の大麻を使ったヘンプの蚊帳を2004年のアースデーに合わせて作るようにと頼まれたのである。

 

アースデーは文字通り「地球の日」で、環境問題に取り組むために毎年、4月22日を「地球の日=アースデー」と呼ばれ世界各地で様々なイベントが開催されている。

 

NPO法人・ヘンプ普及協会から、日本では認められない指定外繊維である大麻(ヘンプ)の蚊帳をアースデー東京2004の会場である代々木公園にぜひ吊りたいと言う依頼で、蚊帳に連れられてアースデーに参加することになった。

 

さて、このアースデー(地球の日・4月22日)は、地球のために行動する日とされ、人間が地球に感謝し、美しい地球を守る意識を共有する日となっている。

 

1970年にアメリカで誕生したアースデーには、大人から子供まで、国境・民族・信条・政党・宗派を越えて多くの市民が参加し、現在世界184の国と地域、約5000ケ所で行われている、世界最大の環境フェスティバルともいえる。

 

日本で最初の歩行者天国が銀座で誕生したのも、このアースデーがきっかけだったようだ。もっともアースデートして日本でスタートしたのは、1990年からだそうで、次第に地球を愛する輪が広まり2001年の東京では、新たに実行委員長にC.W.ニコル氏を迎え、代々木公園と明治神宮、新宿パークタワーを会場に、さまざまなイベントが催された。

 

そしてその年は4月17・18・25日と代々木公園や明治神宮を中心に開催されるにあたって、私にその大麻普及協会から大麻・ヘンプの蚊帳の依頼があったのだ。そんな風にして、地球環境に取り組む運動・アースデーの蚊帳の中へと誘い込まれたのである。

 

もともと蚊帳そのものが、人にも地球にも虫たちにまでもやさしいエコな道具である。

また、いたずらに虫たちを殺さずに身を守る平和の象徴ともいえる安心と安眠の道具でもある。

私が蚊帳を取り扱わなかったとしたら、アースデーや平和のためのイベントに積極的には参加しなかったであろうが・・・・。

 

アースデーにはこれまでの苧麻(ラミー)や亜麻(リネン)の蚊帳でなく大麻(ヘンプ)の蚊帳を頼まれたので二つ返事で何とかしますと簡単に答えてしまった。

 

麻の分量を最大限にした蚊帳の最高形態を完成したばかりであったので有頂天になっていた。

これまで失敗に失敗を重ね、たどり着いた麻の蚊帳のタテ糸のラミーをヘンプに替えれば簡単にできるだろうと思い、軽請け合いをしたのが間違いであった。

タテ糸のヘンプが織り上げていく過程で、すぐに切れてしまうのである。麻糸のラミーを制したのだから、ヘンプについてもうまくいくに違いないと判断したのだが、まったくの想定外の出来事に戦いた。

それでも時間とコストを費やしてなんとかアースデーに出展させるだけの蚊帳生地を織り上げたのであった。その後の安定的な供給には時間がかかった、これは私自身の穢れを祓う大麻だったと思い返している。

 

そのようにして2004年のアースデーで出来上がった大麻・ヘンプの蚊帳は、翌年2005年愛知で開催された愛・地球博覧にもお呼びがかかり「温故知新 日本の暑い夏を涼しく過ごす!」というテーマのもと、ヘンプの蚊帳だけでなくヘンプのシーツ、布団等の寝具も紹介された。

蚊帳で温故知新

蚊帳同様、一般的な麻シーツには南米、東アジアなどの熱帯地域のラミー(苧麻)が使われているが、地球環境・自然環境をテーマとしたイベントではヘンプがとり上げられるのであることを知った。

 

このようにして田舎町のふとん屋の実店舗ではほとんど販売されなくなってしまった蚊帳がインターネット上でよみがえった時もそうだったが、上京して代々木公園でのアースデーに参加してみると、ヘンプが大好きな人たちが大勢いることにたいへん驚いた。

確かにヘンプを好む人々の中には、怪しそうな身なりの人もいる。ヘンプ → 大麻 → マリファナ愛好家を匂わせる人もいるが、真摯に環境問題と取り組み、地球資源としてヘンプの特徴をよく知っていて、さらに日本の精神文化としての大麻を見直そうとしている人々にも大勢出会った。

初めて、大麻の蚊帳をアースデーでつくり上げてから10年経過した2014年からはNPO法人日本麻協会と麻地球日実行委員会によるヘンプに特化したアースデーに参加するようになった。

麻に特化した麻地球日(麻アースデー)は、バイオマスの象徴的作物である「麻」をもう一度見直すことによって、今を生きる日本人が、伝統文化・精神文化としての「麻」をもう一度思い出し、今、世界中で広がるこの自然の恵みである「麻」をどうとらえ、未来を繋ぐためにどう生かすのかを考えさせられるイベントとなっている。

この先、人類はどこへ行くのだろうか。といった課題もここに内包されるのではないかと思う。

 

私は睡眠環境改善のためにできるだけたくさんの麻素材を用いた安眠空間の蚊帳をつくっていたのだが、アースデーという世界規模でのイベントでは、麻の中でも大麻での蚊帳を頼まれ、かくして仮想の世界での蚊帳が、現実世界で、地球環境について向き合いことになったのだ。

 

土と魂と社会。この三つが三位一体となった問題提起をこの麻を通して考えさせられるのである。

 

すなわち、大麻と環境問題、大麻と日本人のアイデンティティと魂の課題、そして大麻と社会性についてである。

 

エコロジカルなヘンプ 

 

麻の属性 性格 まっすぐに伸びる等  

 

かくして地球環境を考えるアースデーの象徴として大麻(ヘンプ)の蚊帳を作るようになった。

 

古くて新しい蚊帳をつくるようにと、与えられた素材としての大麻・ヘンプとはいったい何者であろうか?

蚊帳そのものもそうであるが、アースデーや愛地球博へと私をけん引していったその蚊帳素材としての「大麻・ヘンプ」とはいったい何者であろうか?

 

このように大麻(ヘンプ)について学ばねばならないところに立たされてしまったのである。

否、私の人生にそのようなシナリオができていたのであろう。どんどんと場面が展開されていくのを半ば客観的に眺めて楽しんだ。ここはもう一歩踏み込んでみようと。ここにも自分の果たすべき役柄の一部があるのだろうと感じながら。

 

家庭用品品質表示法で「麻」として認められている苧麻(ラミー)も亜麻(リネン)もそれぞれ、歴史ある素晴らしい特徴を持っている。

 

亜麻(リネン)は人類最古の繊維といわれ、紀元前8000年に世界文明の発祥の地チグリス・ユーフラテス川に芽生えたとある。古代エジプトでは、リネン製のカラシリス(巻衣)が「神に許された」ものとして、神官の衣服や神事に用いられ、一般の衣服にも使われていたことが、古い文献から明らかになっている。

また、ピラミッドから発掘されたミイラを包んでいた布もリネンである。先史時代のスイスでは湖上生活をしていた民族がリネンの衣料や船の帆やロープを作っていた。そして、それはそのままヨーロッパの文化に引き継がれ、永い歴史を築きあげ、その伝統を誇り続けている。

 

なるほど亜麻(リネン)はそれなりに神聖な厳かな繊維のようだ。しかし地球環境のテーマとなると、大麻(ヘンプ)になるようだ。

 

ヘンプを資源としてみた場合、繊維から衣類、縄、紐、紙ができ、繊維をとった後の麻幹(オガラ)から建材、炭、プラスチック副原料、燃料、動物用敷藁、種子から食品、化粧品、塗料、潤滑油、葉から肥料、飼料、花から医薬品と25000種類の生活用品ができる植物資源である。

そして、植物学的にはアサ科に属す1年草で、毎年再生産ができる持続可能な資源である。

また、昔から100日草とも呼ばれ、3ヶ月で約3メートルにまで成長し、その際、多量の二酸化炭素を消費する。

なるほど二酸化炭素削減にも大いに貢献する地球環境への優等生のような存在だ。

しかも病害虫に強い作物であるから栽培に当たるあり、殺虫剤、除草剤などの農薬は不要である。痩せた土地・半乾燥地でも栽培可能で、そのままにして、オーガニックな植物ということになる。

 

技術が進めば石油に代わる植物由来の工業用基礎原料になることから、石油メジャーなど現代の世界経済を牛耳っている支配者階層には放置しておけないバイオエネルギー源ということになるであろう。

 

そのような素材であるから、蚊帳そのものでも地球にやさしい道具のところへもってきて、そのような素材である大麻が参戦すれば鬼に金棒、ヘンプの蚊帳はアースデーや愛・地球博のシンボルとなったのだろう。

麻の量を増やすことによって、より安眠できる環境ができることは古人からの知恵に習ってはいたが、麻の中でも大麻(ヘンプ)は、苧麻(ラミー)や亜麻(リネン)と比べ、地球環境にやさしい植物であることも理解できるようになった。

 

繊維全般を扱うふとん屋が、取り上げて大麻だけが良いとは言ってはならないと思っていた。

綿にしても絹にしても素晴らしい特徴を有している。

例えば、木綿については、衣料用繊維としては16世紀に渡来した植物繊維である。

それまでは麻が繊維の中心だったが、麻に比べると格段に保温性が優れていて、肌触りも柔らかく、繊維としての商品価値は高いと思っていた。

 

オーガニックコットン実際、我々の私着ている服の半分以上が木綿(コットン)だ。コットン100%というとナチュラルな感じがするのだが、コットンの服を着ているだけで、我々は、農家人々の身体を蝕み、土壌汚染と水不足を招き、大地の荒廃という環境破壊に貢献しているというのだ。普通の農産物ならば、口に入れるものなので身近な問題として認識しやすいが、衣服となると、異なる世界の出来事として無関心なままであるとアースデーに参加して知らされた。

 

すなわり、木綿の栽培は、全世界の農地面積でたったの2%しかないのに、殺虫剤、除草剤、土壌消毒剤などの農薬使用量の26%を占めているといわれている。収穫時に人工的に葉や茎を枯らさないと、葉の葉緑素がシミになってしまうので、コットン畑に枯葉剤を飛行機から空中散布する。また、かつて世界第4位の湖であったアラル海は、周辺のコットン栽培によって干上がってしまった。コットンは、成長時に大量の水と栄養分が必要となるからだそうだ。

 

 それに比べて麻は、農薬を必要とせず、少しの肥料でよく、雑草や害虫に強いため、コットンように環境破壊を招かない作物ということになる。根は、地中深く張って土地を柔らかく耕してくれるので、温帯だけでなく、亜寒帯、熱帯、半砂漠地帯など荒地でも生育でき、世界中どこでも栽培できます。特にアパレル業界において大麻(ヘンプ)は、オーガニック・コットンと並ぶ天然素材として認知されている。麻は、あえて「オーガニック」といわなくてもはじめからオーガニックな素材というとだ。

 

 さらに、麻繊維の構造やその成分から消臭性、抗菌性が高く、体の湿度を適度にたもつ機能をもっている。高温多湿な日本において「大麻」は欠かせない繊維である。

 

そんな素材で、蚊帳を作るようになり、改めて環境問題について学んだ。

 

だからアースデーに参加する環境面を重視する人たちはヘンプとオーガニックコットンを選んでいる。

 

日本の原点を探る 大麻の正体  麻と国家神道

 

文化 歴史 精神的な支え

  日本人はどこから来たのか 日本人の原点  
  そしてわれらを守る蚊帳  麻の精神的な側面
 

 指定外繊維と蚊帳の外へ追い出された大麻だが、戦前までは、日本人の精神的な支えでもあったということだ。

 戦前、大麻・ヘンプは天皇家の元である天照大神の化身でもあったため、環境問題というよりも日本人の精神的な骨格の一部ともなっていた。

そして戦時中の国民学校の教室の黒板の上には大麻と呼ばれるお札が張られ、「天照大神」と書かれていた。必ず大麻を拝んでから授業が始まったという。

しかし、その大麻は、敗戦によるアメリカの占領政策下で、栽培も所持することもできなくなり、日本人を骨向きにしてしまったということになる。

 

戦後60年を迎えようとする2004年のアースデーに、日本の心のよりどころでもあった大麻の蚊帳の復活を依頼されたので、私は襟を正す思いをも持った。

 

大麻の使い方を間違えてはいけない。もう二度とあのような戦争を起こしてはいけない。私は9条改憲反対である。

 

大麻の蚊帳の復活は現行憲法の改正による国民主権を排除したり大日本帝国万歳とか言った戦争を肯定するものであってはいけないと思っている。

 

日本の復活というと、何やら右翼っぽいが、そうではなく日本人の相手を殺さずに身を守る、平和の象徴である蚊帳の精神、みんな仲良く、平和で幸せな国づくりと、縄文時代の人々が互いに助け合い、分かち合いの精神で原始共同体的な社会づくりにこの大麻の蚊帳が役に立てばいいのにと、環境問題と合わせてこの時に思ったのである。

 

大麻の精神的な意味合い 日用品 なじみの深さ 信仰心

 

わが国での大麻の歴史たるや、世界四大文明のチグリス・ユーフラテス川沿いに芽生えた人類最古の繊維である亜麻(リネン)よりも古く、約1万年前の縄文時代の福井県小浜市の鳥浜貝塚から、大麻の縄が出土されている

 

そして縄文時代以降も、大麻はわが国では、神社の鈴縄、注連縄、御幣、下駄の鼻緒、花火の火薬、凧糸、弓弦、相撲の化粧回し、漆喰原料の麻すさ、茅葺屋根材、麻織物、七味唐辛子の一味、等々と、今でも使われいる伝統素材である。

このように大麻は日本人の生活の中とのなじみも深い植物で、心のよりどころ、生活基盤を支える植物として無視できない存在である。

 

それにしても、なぜ大麻だけがこのように日本人の心のよりどころ生活基盤としての素材として扱われるようになったのか。古くから日本に存在した苧麻でなくなぜ大麻なのか。その大麻の持つ不思議な力を考えてみることにする。

 

それには大麻の特徴とともに、縄文時代、弥生時代からの人々の暮らしについても思いをはせる必要があろう。

 

稲作がはじまる弥生時代の前、約13000年前から3000年ぐらい前までの1万年あまりを縄文時代と呼んでいる。

縄文時代の人々は、主に採取・漁労・狩猟といった農耕以前の生活をしていた。

 

縄文時代の遺跡からは大麻の繊維片や種が出土している。「縄文」と命名されたのは土器の表面に縄をころがしたり、圧しあてて文様を付けたことに由来している。その縄は、大麻をはじめとする植物の茎の繊維から作られた。

 

縄文人たちは大麻や苧麻を活用していたのである。活用するのには苧麻が多年生の植物に対して、大麻は一年生の植物のため毎年種まきをする決め事や準備など集団の中での役割分担も必要だったであろう。

 

そのように大麻と付き合いながら、縄文時代の人々は、自然の恵みを巧みに利用して、川や海、森、原の資源から有用な食料や生活資材をたくみに獲得して多用な生業を営んでいた。

 

ほとんどが人力で、生産力もなかったため人々は、みなで力をあわせて生きていかねばならなかった。集団は「共存共栄」の関係が続いたとされている。稲作が始まる前の縄文人はみんな仲良く助け合い、分かち合いの精神構造を形成したのである。

このような太古の共存共栄の社会状況を、史的唯物論的には「原始共産制」と呼んでいるが、四周を海で囲まれたこの島国・日本で大陸からの文化的影響は、ほとんどなく、約1万年もの長期にわたって、争いや戦争もない平和な縄文人の社会が存続した。

 

縄文人は独自の祭祀をし、山や磐座での祈りで太陽や大地を崇拝していた。そして自分たちはその中で生かされている存在だと信じ、自然に対しては畏れの感情を持って暮らしていた。

もちろん神を囲む神社などはなく、祈りの対象は超自然的存在や神秘的な力そのものであった。

 

「和」を尊びすべての神を受け入れる日本人の考えは、争うことをしなかった縄文人から受け継いでいるのだと思いたい。

 

そんな1万年以上続いた縄文時代から弥生時代に時代は移っていき、やがて、祈りの対象に大麻が加わっていくことになる。では、どのようにして大麻が、自然宗教と絡みながら、信仰の対象にまで醸成していったのであろうか考えてみよう。

 

平和で穏やかな日本とちがい、大陸では稲作など生産力が向上し、支配する者同士の争いが絶えなかった時代背景で、稲作を伝えたとされる渡来人は大陸での戦乱に巻き込まれないよう朝鮮半島に逃げ込み、さらに南下を続け日本にやってきた。

 

一方、何でも受け入れてしまう平和な日本人は、渡来人を受け入れて、渡来人と日本人が争った形跡が見られなかったようだ。

稲作のほか、青銅など最新技術を伝えてくれる渡来人は当時の日本人にとって魅力的な存在だったにちがいない。

また、渡来人にとってもこの島国を征服しようなどという考えはなく自らの難を逃れるために渡ってきたのであろう。

しかし、やがてこの国も、稲作と青銅によって生産力は向上し、小さな集団の統合や集団内での身分格差が拡大し、大陸と同じように争いが多くなって勢力争いが続くようになっていく。

 

紀元前300年ころから奈良時代までのおおよそ1000年の間、紆余曲折を経ながらひたすら中央集権国家の樹立に向けて歩み続けることになった。ちょうど邪馬台国の卑弥呼が登場するころから、壬申の乱に勝利した天武天皇によって大化改新で計画された天皇制律令国家が樹立されるまでの1000年の間である。

その間のことを『古事記』『日本書紀』で天武天皇を正当化し、天皇家の神として天照大神を伊勢神宮の大麻として祀るようになったのである。

 

すなわち、弥生時代を経て朝鮮半島から稲作が渡来し、出雲族や天皇家につながる大和族や秦氏などが渡来し、稲作と青銅といった生産力をもって、彼らは先住民を征服し国づくりをした。

 

さらに弥生時代の終わりころ邪馬台国の卑弥呼が登場するのだが、それが天照大神の神話と同じ時代だ。

 

荒っぽいことをとお叱りを受けるだろうが、私は邪馬台国の卑弥呼が天照大神と同一人物であると思ってきた。

 

それが、本書を執筆するにあたり大麻と日本の歴史を調べているうちに、ならば伊勢神宮に祭られている大麻は卑弥呼の化身となる。また卑弥呼は渡来人だから、皇室もあちらの方となってしまうのだ。

 

なるほど大麻の蚊帳の復活と合わせて思いを巡らしていくと、思わぬ方向で、自己をそして、国の生い立ちについてを見つめなおすことになった。これも、私のシナリオ通りに自らを演じる場面を与えられたのだと確信した。

 

「邪馬台国」はシャーマニズムを柱とした「呪術国家」で、卑弥呼はシャーマン(巫女)であった。

 

シャーマニズムとは、恍惚状態(トランス)になったシャーマンと呼ばれる「巫女」を媒体として、霊界にいる神と交信することにより予言、宣託などのお告げを聞いて現世の悩みや病気の治療、さらには人々を幸福にもたらす政の方向性などをみいだすといった原始的な宗教である。

 

このシャーマニズムは同じ原始宗教である縄文時代のアニミズム(精霊崇拝)やマナイズム(自然崇拝)とは異なり、シャーマン(巫女)を媒体とした朝鮮由来の原始宗教である。渡来人が稲作、青銅とともに、倭国へ持ち込んだ人が神(自然)に代わり人を律しようとした宗教文化である。シャーマニズムは史的唯物論的には稲作開始という下部構造に対した上部構造ともいえよう。

 

かくして、このチベット地方を源としたシャーマニズムは中央アジア、中国、朝鮮半島をわたって日本にやってきた。

 

今でも各地に残る巫女を媒体とするシャーマニズムの共通点は麻を神聖化していることだ。巫女が舞うときには麻の衣装を着用することが必須条件となっている。さらに一番重要なことは密教の護摩のように「麻」を焚くことになれているようだ。

これは大麻の葉や花穂に含まれる向精神性のテトラヒドロカンナビノール (THC) のマリファナ効果を醸し出すためであったろう。それにより巫女はトランス状態となり呪術力が高められたと考えられていたようだ。

 

通常このシャーマニズムは「大麻・ロード」とも呼ばれる大麻とともに世界各地に伝わったのだが当時の日本にはすでに大麻の存在はあったのだ。しかし、我が国に自生する大麻のTHCの含有率が0.08%から1.68%であり薬用型大麻の基準であるTHC が2%以上をも満たしていないマリファナ効果があまりない品種であった。

 

それでも、卑弥呼はこれを巧みに活用してシャーマンとして邪馬台国を治めたのであろう。

 

卑弥呼は神がかり(神がのりうつる)して天にある神と交流し神に言葉を伝えるシャーマンでそばにつかえる男性(弟)に補佐されて国を治めていた。卑弥呼が天照大神で、国政を執ったのが初代天皇である神武天皇であったのだと考えている。

 

この辺は私の想像の域になるが、邪馬台国は大和朝廷の母体で、シャーマンの卑弥呼を祀り上げ、その化身として大麻を活用したのではなかろうかと思うのだ。かくして大麻は神聖なものになっていった。

 

ここまで記してしまうと、皇室は渡来人ということになってしまい、戦前なら不敬罪で罰せられたであろう。

 

しかし、私は天皇家に対してけっして不敬の念など抱いていない。国の責任者として数々の国難と遭遇しながらいつも国民のことを第一に思って日本国の象徴としてお働きいただいていることに心から感謝しております。

敗戦により天皇の人間宣言がなされたが、王権神授説のように自らを律して数千年にわたり国政を執っているのであり、それは日本人みなの心のよりどころであると敬い、感謝している。このことは力説しておく。

 

古代の信仰、心のよりどころの変貌について

縄文人は太陽や大地にある山、滝などを神として崇拝していた。神社という形態はもっていない。

弥生後期になり、シャーマニズムが入ってきて、やがて信仰の対象として大麻が天照大神の化身であると崇めたてられたのは大和朝廷以降である。

 

信仰は心のよりどころでもあり、生活そのものであったが、やがて生産力の向上と伴い支配者階級の道具となった。すなわち稲作の渡来により、貧富の差が出てきて支配するものと支配されるものがうまれた。

大和民族は伊勢に天照大御神を祀り、天皇をトップとする日本神道を確立し日本全国に神社が造られた。

 

それまでは太陽や月、大地の岩などを神と見立てて祈り、神の声を聴く呪術を磨き上げたのであろう。呪力を高めるのに大麻が役に立ち、やがて、大麻が神道の「めどう」ともなったのではないかと思う。

 

大麻の持つ不思議な力は長い歴史の中で、人々の間に魔力性、呪術性、さらには神秘性、神聖性を与えるものとしてやがて自然宗教と絡むようになりある種の「信仰心」まで醸成したといえよう。それが天照大神の化身とまで崇められるようになったのだと思う。

 

このように書き続けていくと、私は陰謀論者のレッテルを張られそうであるから、素朴な寝具店の店主として、

改めて、穏やかにおおあさの神秘性について考えてみよう。なぜ大麻には不思議な力、呪術性、神聖さがあると崇められたのかについて。

それは、おおあさの持っている次のような三つの属性があげられる。

まず麻中之蓬(まちゅう の よもぎ)

まっすぐに伸びる麻の中に生えれば、曲がりやすい蓬も影響を受けてまっすぐに伸びることから、良い環境の中では悪しきものも正されることを指しているが、この短期間でまっすぐに成長するという成長力の強さ、そして周囲への強い影響力は信仰の対象に値するであろう。

次に、大麻繊維そのものの強さもそうだ。

引張強度では綿や絹の2倍、羊毛の3倍の強さがあるのだが、さらに海水につけても切れにくいという耐水性ももっている。そして繊維を撚(よ)ること、そして編むこと、結ぶことといった技術で変幻自在の強さを発揮するという点も神秘性に値するのであろう。

そして、結びはやはり、大麻の持つ覚醒作用である。

国産大麻のテトラヒドロカンナビノール (THC)の量は少ないにせよ意識を変える作用、向神経作用はある。この力が神秘性に値する。

 

 しかも、国づくりを始めた初代女王がこの大麻の呪術性を使って、人々の幸せを願い、政をしていたとあらば、大麻がそのまま、信仰の対象となったのであろう。

 

そのようにして、大麻は天照大神の化身として伊勢神宮のお札にもなったのではなかろうか。

神道の本家本元が大麻であるから、神社神道でのご神事には欠かせない植物である。

 

そして、現在大麻は、年間800万体以上配布されている伊勢神宮の神札は神宮大麻となっている。

 

神社神道で用いられる麻とは、大麻草の茎から表皮を剥いで、熟練の技術で研ぎ澄ました黄金色の「精麻」のことを指す。精麻は古より「海水でも祓いきれない穢れを祓う」特別な祓い清めの道具として、神と人間とを取り結ぶ場面に必ず使われてきた。

 

大麻のしめ縄例えば、注連縄(しめなわ)はご神域と現世とを隔てる境界線となるのだが、この素材も大麻である。

また、神社のお賽銭箱の前にある鈴のついた縄、鈴緒(すずお)も大麻でできている。

そのほか、神主がお祓いで使う白いハタキのような道具は「大麻(おおぬさ)」と呼ばれ、和紙と大麻で出来ている。

 

このようにして穢れを祓い、聖なる領域を作る植物としての大麻であるが、弓道の弦の糸も大麻製である。

弓に矢をつがえずに弦を引き、音を鳴らす事により、魔気・邪気を祓う儀式として、鳴弦の儀(めいげんのぎ)という退魔儀礼がある。麻製の弦の響きにより魔気・邪気を祓うとされている。

大相撲の横綱は野州麻を撚って作られており、単なる飾りではなく、注連縄としての意味があり、また強さの象徴ともなっている。

 

大麻と日本の歴史、国家神社と大麻の関係について、考えをめぐらすようになったのは、この大麻という素材で蚊帳を作るようにと依頼を受けたからである。

 

さて、大麻がそれほど神聖なものであるなら、大麻でできた蚊帳空間は、まさしく聖なる空間ということになる。

奈良時代初期に編纂された『播磨風土記』には飾磨郡加野里の地名の由来について「加野と称するは,応神天皇の巡行の時,ここに御殿を造り,蚊屋を張った故に加野と名づけた」と書かれている。

また『日本書紀』にも,応神天皇の時代,呉から蚊屋衣縫(かやのきぬぬい)という女性技術者が渡来した記録がある。」ということで応神天皇が蚊帳と深い関係がありそうだ。応神天皇は御領で有名な仁徳天皇の前の天皇である。

 

天照大神の化身を大麻として祀り上げ、応神天皇が蚊帳の帳の中で、自らを守ったり、人々の幸せを祈ったりする場所として政をとりはからう、日本には独自の大麻の帳があったのではないと思うのである。

 

一国の支配者たるもの自らの権威づけにいろいろと策を講ずるのはそれでいいのだが、やはりそこに住む人々の幸せを祈り、そのための政をしっかりする義務がある。

天照、神武天皇を起点とした皇室は、多少の右左、南朝、北朝と移り変わったこともあったが、日本には天皇がしっかり君臨してきた。

天皇自らの地位を確保しながらも、国民の幸せのためにと務めてこられた、それはそれはありがたい存在である。

 

このような国は、世界中探しても日本だけではなかろうか。そこに日本人としての誇りを持ちたいと思う国民が大勢いるのも我が国の特徴である。だから、麻を見直す必要もあるし、麻の蚊帳のようなみなが幸せな社会を作らねばならないと思う。

 

そんな日本の起源がこの大麻だというのだから、もっと大麻のことを知らなければならない。私は幸いにしてそれを学ぶ機会を与えられたのである。

 

みんなが幸せになるようにといった祈りの植物としての大麻は我が国のみならず、アメリカにおいても、独立宣言文の文書は大麻の紙に書かれていた。

 

ジョージ・ワシントンは、麻栽培者であり、アメリカの独立と麻は深い関係があった。当時、アメリカは紙の原料をイギリス産パルプに依存していたのです。このため危機感をもったベンジャミン・フランクリンがイギリス産パルプの代わりに麻を使用する事を思い立ち、自分の工場で麻の紙を造ったという経緯で、アメリカの独立宣言は麻の紙に書かれたと云われている。

 

政治と大麻との関係もチラチラ見うけられるが、日本の天皇と大麻の関係は、神懸かり的な力も加わりさらにホットな関係にある。

 

天皇が交代して年号が変わるのだが、皇太子が天皇へと即位した時に行われる「大嘗祭(だいじょうさい)」において、もっとも重要な「麁服(あらたえ)」という巻物のように長い一枚の大麻の織物が祀られる。

 

大麻の麁服がなければ「天皇としては半人前」と言われるほど、神道と密接に関わっている大麻は、天皇になるため、そして天皇であるための必須アイテムである。

 

また、どこの地方の誰が作った大麻の麁服でも良いわけでなく、朝廷が指定するのは、必ず徳島の三木家が作った大麻の麁服である必要があり、正式には「阿波忌部族(あわいんべぞく)」の麁服でなければならない。

 

阿波忌部族とは、大和朝廷建国にも関わった古い氏族であり、農業を中心とした産業技術を持った職人を引き連れた集団で、日本全国に散って大麻を普及させたことでも知られている。

 

このように大麻は、神と政治・経済と人々の幸せに大きな力を持った植物であるとともに、責任ある存在だともいえよう。これからを生きる我々も、もっと大麻を理解し、大切にしなければならない。

 

健やかな眠りと 安らかな眠り

 

大麻は、まっすぐと力強く成長する聖なる植物で、穢れを祓う力を持ち、神社でも神と現世を隔てる注連縄としても活用されていたことなど、ご理解いただけただろうか。

 

その大麻でつくった蚊帳はいったいどんな意味があるのだろか?

麻の分量を増やせば増やすほど、快適な安眠空間ができることはご案内した。麻を苧麻(ラミー)でなく大麻(ヘンプ)にしたらどのような効果が期待できるであろうか?

 

大麻(ヘンプ)で区切った聖なる領域が、現世と区切った神の国を構築することになるのではなかろうかと思っていたらリクエストがやってきた。

棺を製造している会社にウィルライフ(株)がある。棺は棺でも、地球にやさしい、木材ではなく段ボールで

できたお棺(=エコフィン)を製造販売している会社だ。

このお棺はロハス大賞にも選ばれたたり、蚊帳とは相性がいい。増田社長とも何度かご一緒させていただいたが、数年前、増田社長から「棺の周りの覆いを大麻の蚊帳で」と依頼を受けて、蚊帳に連れられるように、生きている間の入棺体験会を行った。
ヘンプの蚊帳で入館体験
生きているときに環境に配慮しエコロジーな生活、自然保護などの意識の高い方々にとって、森林保護の観点や

焼却した時の有害物質のことなどを考慮して地球にやさしいお棺=エコフィンを選ばれる人が増えているようだ。

そのお棺を、麻で覆った空間をつくる。ここでの麻は、穢(けがれ)を払う大麻をと所望された。

現世での穢れを祓い、麻でできた聖なる麻空間、さらにあの世に旅立つ地球にやさしいお棺。この組み合わせも興味深い。

 

人は毎日、毎夜、健やかな眠りを繰り返し、やがて、「安らかな眠り」「永久の眠り」に辿り着くのだが、「眠る」ことと「死する」ことを、どのように位置づけるか?

 

夢と現実、健やかな眠りと安らかな眠り、まさに生と死の境界を、「大麻の蚊帳」をもって形成するのである。

生前の入棺体験をして「命を知って」と同時に「眠りを知る」ことにつながるのではと考えご一緒した。

 

寝ることは、寝入ることは子(ね)入ることであり、子(ね)の方角、すなわち十二支でいう「北」の方角に入ることとされていた。

この北にある「子の国」は「神の国」であり、なるほど神社仏閣は北向きで、お賽銭も北に向かって投げる。亡くなった方も北枕に置かれ、神の国に帰るとされていたようだ。北枕を忌み嫌う方も多いようだが、北枕はぐっすり眠れるという。

先日も風水の先生に尋ねたら「亡くなった方を北枕に寝かせるほど、北枕は神聖なものです」と薦められた。

 

入館体験は、生きている意味を知るためにも価値あるものだが、何も棺桶の中へ入らなくても、毎日の眠りの空間をヘンプの蚊帳でくくってみてはどうだろう。

神が降りるところ場所を聖なる場所として区切るように、私たち(の魂)があの世(神の国)へ旅発つ場所にも、自分たちが自然と接する聖なる領域=寝室に注連縄を張るように、蚊帳を吊ってみることをお勧めする。

もちろん蚊よけの夏だけの蚊帳でなく、一年を通しての今日一日の穢れを祓う、魂の浄化の空間としての蚊帳を。

 

これが古くて新しい、「眠りの型」となる予感がした。「世界中が平和で、みんな、安心して安眠できますように!」

 

また、こんな風にも使われている。

 

三島様に舞のお衣装の麻布をお分け頂いています倭巫女舞の倭瑠七と申します。

倭巫女舞はおよそ1300年の歴史があり、先人達は舞う時に麻布で作られた衣装を着て舞って参りました。

 

しかし近年は入手が大変困難な為、致し方なくシルクなど他の布の衣装で舞っていました。

このは度、三島様の麻布との、御縁を頂きまして麻の衣装を身に纏い先人と同様の舞が、舞えます事、心より感謝致しております。

 

麻は皆様もご存知の様に古来より神社で使われ、大変神聖な植物として崇められて参りました。

又雑草の中にあっても強く天に向かって真っ直ぐに育ち伸びる様はどんな困難にも立ち向かって行ける、人の役に立つ立派な人になれる〜など、私達の願いや思いを叶える要素も持っています。

倭瑠七先生の奉納舞

実際に身に纏いますと言葉には表せない不思議な感覚があります。

古代の巫女舞の振りにあります所の〜天のエネルギーを直接受け取れる感覚とでも言いましょうか?

そしてそのエネルギーを地上に流す感覚も実感でき、舞の要であります所の天地統合の軸を作る所作が楽にできます

〜なんとも不思議なんですが…やはり麻の持つ特殊なエネルギーなのでしょうか。

実際に身に付けて始めて古代の人々が麻を珍重する意味がわかりました。

 

〜三島様

ありがとうございました。

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