あとがきに代えて

あとがきにかえて 菊屋と三島治分析

菊屋 代表 三島治

これまでの人生と菊屋の歩みとを私なりに観て、分析してきました。

これまでのことで気づいたこと。
自分にはたいした力がないといこと。
確かにいろいろと、かじって努力はしてきましたが、自分は、葦のようなふらふらした存在だと思います。

そんな自分ですが、振り返ってみれば、いろいろな場面・場面をこなしてこれました、

そして、その時、その時で、学んだこともお伝え出来そうです。

人生の節々について

1.進学・どうすれば受験がうまくいくのか?

2.結婚・どうすれば理想の相手と結ばれるか?

3.仕事・どうすれば上手くいくのか?
これは菊屋の分析  こうして菊屋の蚊帳は進化した

4.健康・どうすればいつまでも元気でいられるか?

5.家庭・どうすれば和やかな家庭ができるか?

上に挙げたことにおいて、不器用ながら、なんとか、なんとかこなすことができました。

相対的でなく、私の世界、絶対的には、これでよかった。すべてが、上手く行っているのです。

その秘訣について、振り返ってみましょう。

今世のテーマと気づき 

自分を棚にあげること。相手に与えること。

決めること。ビジョンを描くこと。手放して相手優先になること。行動すること。それをシェアすること。

1.進学

決して学力が足りなかったから、受験に失敗したのではないと思っています。
なのに、受ける大学、受ける大学すべて不合格だった。
自分のコンプレックスをクリアするために勉学に励んだ。それがダメだった。
「自分のため」で上手くいかなかった。

父が「社会の役に立てるように勉学に励め。それが分からなければ先ず身近な俺のために勉強を頑張れ」と言われて、両親に感謝の心をもって受験したところ、なんとか福島に合格できた。

希望していた大学ではなかったけれど、福島ならではの師にも恵まれ、私にとって最高の大学になったのです。

2.結婚

結婚 結婚願望は人一倍強かったのです。一人で商売を続けるのはとても難しいこと。
嫁さまを渇望していたのです。何人にもフラれました。
今の家内と結婚できたのは、自分を捨てて、まったく見ず知らずの外国人・フーブラダックのために一所懸命に尽くしたおかげです。
「情けは人の為ならず」を学びました。 結婚の秘訣

3.菊屋の運営 菊屋分析を通して

3-1  ワクワクすると周りからも祝福され布団が売れる

あまりにも嬉しかったので「婚約発表大売り出し」をしたら、みなさんから祝福され、ふとんがたくさん売れました。

3-2  ネットとの出会い 新しい物好き 思い込み

1995年の阪神淡路大震災で、インターネットの力を思い知らされ、かつて自分はプログラマーであったと思いこみで始めたホームページ作りが功を奏した。

3-3  お客様のご要望にお応えして、ムカデ対策蚊帳 洗えるカラミ織の蚊帳

頼み込む営業スタイルから、頼まれる営業に変わって、お客様のご要望でさまざまな商品をつくっていくと商売はうまくいくと分かりました。

3-4  アースデー、愛地球博で ヘンプの蚊帳づくり

蚊帳による最高の安眠空間づくりを進めていく過程で、麻・おお麻・ヘンプと出会ったことが幸せでした。それが菊屋の安眠素材となっていったのです。

3-5  東日本大震災で備蓄した蚊帳に救われた菊屋 情けは人の為ならず

東北大震災で被災地に送るために確保した蚊帳の行く手がなかったところに、南スーダンへのPKO派遣が閣議決定され、外務省から1000張りの蚊帳の受注がありました。私は当時入院中の身で、この蚊帳に救われました。

3-6  枕博士・加藤勝也氏とのご縁が力となる 眠り・蚊帳・ヘンプ・カラミ織

流れ流れて福島とのご縁。枕からはじまって蚊帳、ケット、敷ふとん、パッドとオール麻・ヘンプの安眠素材で出来上がりました。

3-7  きめてから考えたアメリカ行き アメリカでの不思議なご縁

蚊帳を担いでアメリカヘ、麻を知ることは日本を知ることだと。麻と蚊帳と眠りの伝道師として立ち上がりました。

3-8  おお麻・ヘンプに導かれる 様々な商品との出会い

映画「麻てらす」の上映会。吉岡監督とのありがたい出会いが、菊屋の力となりました。

3-9  映画の自主上映会 ガイアシンフォニー 降りてゆく生き方 麻てらす

いつもながら、後先考えずに、これを皆さんに知っていただければと思いだけですすめた映画の自主上映会が菊屋の力となっています。

3-10 すべてが必要 すべてが血肉になって力になる 感謝

2016年の熊本大震災の日から突如として左腕が上がらなくなったことから、アーシングジャパンさんとご縁がいただけました。
2020年・令和の子年・突如としてのコロナショックで、ヘンプのマスクづくりができました。

4.健康

生まれつきの身体に少々の障害 これが個性の花を咲かせるもとになりました55歳を過ぎてガタガタしてくる。
不自由を常と思う 車に乗れなくなったらアメリカに麻・ヘンプを伝えに行けれた腕が上がらなくなって アーシングと出会った 共生・共眠眠れなくなって どうして克服するか 必然的に考えるようになった。

5、家族

おかげさま、2男2女は成人して世の中に返すことが出来ました。

親が苦しみながら、社会に対して働きかける姿、その背中が子供たちが見れるのはいいことです。
苦しい時には、苦しいよ。弱った時には弱ったよと、いえることが子供の成長になったようです。
子供たちの前では格好よくありたいですが、できないときは無理をせずに。
夫婦が一番 その次が家族 そして社会へと 大切なものをひろげていく。
お互いに助け合いながら。

だからこれからの人生、これからの菊屋を歩んでいくのにとても大きな力が働いていることを信じて、楽しくワクワクしながら進んでいこうと思います。

 我に大力量あり 風吹けば則ち倒れる

一人では何もできないのです。それでも、ワクワクしながら前に向かって歩きます。

菊屋の歴史R2年

 

家内と2人で
最新情報をチェックしよう!
>菊屋ファミリーストーリー

菊屋ファミリーストーリー

脳と身体をやすめる枕~蚊帳までを提供する菊屋の物語

CTR IMG