第四幕 菊屋ブランドの時代

平成から令和へ 夜明け前の洗礼

腕が上がらなくなり アーシングとの出会い

私は還暦を迎えた2016年(平成28年)4月14日、折しも熊本大震災の日に突如として私の左腕が上がらなくなってしまいました。

車の運転も断念せざるを得なくなり、営業活動にも支障をきたすようになりました。

丈夫がとり得の私でしたが、かつてないような、身体的な困難が襲い掛かってきたのでした。

この身体の不調に対して、さまざまな医療機関各所を回ってさ、まざまな治療をしていたところ、ある理学療法士の先生から「裸足で大地と接する」健康法=アーシング を紹介されました。

アーシングとは、グランディングともいわれる、「靴や靴下を脱いで、裸足で直接、地球・大地と接する健康法」のことです。


2分でわかる!字幕付きアーシングの動画 (※アーシングジャパン提供)

私は、藁をも掴む気持ちで、公園にって裸足になりアーシングを実践したのです。それを機に日本にアーシングを伝えたアーシングジャパンさんと急接近することができました。

このアーシングによって私の腕の痛みはきれいに癒えました。アーシングによる炎症を軽減する効果が出てきたのです。

裸足になって地球と直接触れ合うことによって、私たちは自然の恵みを享受し、癒されるのです。

「地球・ガイアの声が聴こえますか?」とガイアシンフォニーの上映会から20年が経過して、【講座】「クスリに頼らない安眠術」にアーシングを手に入れることができたのです。

ムカデ対策 一般の蚊帳の売り上げ不振

一方、「ネットの蚊帳屋」の稼ぎ頭であった「ムカデ対策蚊帳」がパタッと音を立てるようにして売れなくなったのです。

蚊帳全体の売上の半分以上を占めていたこのごく一部の方から「希少で喜ばれる蚊帳」が、どうやら「一般的な蚊帳」になって、市場に出回るようになったのでした。

悪貨は良貨を駆逐するがごとく、私の稼ぎ頭の蚊帳が劣勢を強いられるようになったのです。

それに代わり、おおあさヘンプに藍染めを施した「藍染・ヘンプ蚊帳」が、これから先 100年後にも残したい逸品に選ばれました。(婦人画報)

その勢いで、【蚊帳から生まれたかやケット】=「藍染ヘンプかやケット」を開発・発売するようになったのです。

このようにして、ネットの蚊帳屋は次のステップに移行する時が近づいていたのです。

守・破・離のテイクオフの時期

これはまさに「セレンディピティ」(幸運を呼ぶ不思議な力)の働きと言ってよいでしょう。

藍の薬草効果とヘンプの癒し効果が合わさった、「寝具というより漢方の新薬のようなケット」が誕生したのです。漢方が専門の医師・白木先生も絶賛してくださいました。

たまたま、ネットの蚊帳屋時代で編み出した おお麻・ヘンプの蚊帳の生地をカラミ織でつくったことが次の時代のしっかりとした土台になったのです。

新しい時代の安眠素材として成長したのです。

この蚊帳の素材が、それに続く新しい時代のけん引力となっています。平成から令和に移り、菊屋も大きく変わろうとしていたのです。

ネットの蚊帳屋時代に別れを告げる時が来たように感じた私は、クラウドファンディングを活用して、新しい菊屋ブランド・LOHARTH(ロアース)づくりを始めました。

さらに、2019年にはこの安眠の象徴ともいえる蚊帳を担いでアメリカに渡しました

2020年 令和の子年 コロナショックで眠りに目覚める 新しい時代の幕開け

令和の子年 幕開け

かつてない困難からは かつてない革新が生まれ
かつてない革新から かつてない飛躍が生まれる

さらにそこから新商品として藍染ヘンプかやケットの誕生で人生と仕事にも夢を抱けるようになりました。それだけ「藍の薬草効果とヘンプの癒し効果」は偉大な発明になったのです。

しかし、まだまだ藍染め技術は不完全なものでありませんでしたが、これまでと同じように、周りの方々のご恩恵・ご尽力でより確かな製品へと成長しています。

運よく作り上げた、神のお導きとでもいえる、蚊帳をやっていたのであればこそ手に入った安眠の素材であるおお麻・ヘンプ、カラミ織の生地活かしてス菊屋ブランドを世界に発信する時期となったのです。

過ぎ去った過去を振り返れば、「なるほどそうだったんだ」と合点がいきます。

学生時代に山田舜先生から学んだ日本経済史で、日本資本主義が確立したのは1901年の官営八幡製鉄所の設立がメルクマールとなっている。私がここから「菊屋ブランドの時代」だと明言するのにはこれまでの菊屋分析で、2009年に開発した「ねいるケアあんみん枕」の完全オリジナル素材化、すなわちヘンプのカラミ織の生地に加えて、枕本体生地であるヘンプの平織り生地も独自に織り上げた2019年がメルクマールとして菊屋ブランドが確立したと言えましょう。そういいたいのです。そして令和の子年・2020年に遭遇したコロナショックで社会の要請としてヘンプの「いやされマスク」が菊屋ブランドの確立期と言えるでしょう。

守破離のそれぞれの移行期には混乱がつきものです。その一つ一つを乗り越えてここまで来ることが出来ました。

ヘンプのカラミ織とヘンプの平織りを完成することによって「菊屋ブランド」が出来上がったようです。

令和の安眠素材=おお麻・ヘンプと位置付けて、新しい時代を築いていこう。

コロナで生まれたマスク 癒されマスク

平成娘の令和なマスク

2020年・令和の子年を迎えて、さあ、これからだと思ったところでコロナショックとの遭遇。
穏やかに迎えた令和の子年でしたが、新しい節目である節分を迎えるころには世界中がコロナウィルスの暗雲に包まれたのです。
そこで私ども菊屋は、令和の安眠素材であるヘンプ、その平織りとカラミ織を【表・裏】にした、まさに菊屋ならではのヘンプマスクは大変好評で、お客様の声から「いやされマスク」と命名しました。

2020年 菊屋は設立50周年

菊屋設立50周年

おかげさま菊屋は昭和・平成の時代を生き抜き、会社設立50周年を迎えることが出来ました。その歩みは「三島屋ふとん店の時代」、「まちのふとん屋の時代」、「ネットの蚊帳屋時代」ととらえ、ここを節目として、新しい時代が始まるのです。ウィズコロナの時代、菊屋にとって設立50年の、試練でもあり、節目の飛躍の幕開けとなりました。

 

眠りに目覚める 令和の安眠術

人盛んなりて天に勝ち 天定まりて人に勝つ

コロナショックを機に、菊屋は安眠素材であるヘンプのチカラで「クスリに頼らない安眠術」をより高めて「あんみんメゾッド」を築いていく時が来たと確信しました。

ねいるケアあんみんメゾッド」が、菊屋の旋回基軸である【講座】「クスリに頼らない安眠術」に融合して、父から承継した菊屋と幽閉されて「能力開発研究所」が、発言権をもつようにして誕生したことが、すなわち「菊屋ブランドの誕生」と言えるのだと思っています。

これからの時代、菊屋はより良い眠りを求めている人が、安眠素材であるおお麻・ヘンプカラミ織の生地を用いたプロダクツと、母なる大地とつながる 「あんみんメゾッド」 で、安らかで健やかな眠りを取り戻し、より輝けるよう お手伝いをしていこうと思います。

心ひとつ、心を倒さずに、ここから次の10年、菊屋へ改名50周年に向けて、きれいな花を咲かせることができるように頑張ります。

以心伝心 ここからはじめます

「ねいるケアあんみんメゾッド」のルーツは父の「能力開発研究所」です。

やっと父のレベルに到達できたようです。

40年前に他界した父が、眠りを通して、個性の花を咲かせることで人生を輝かせ、個人も社会も良くしていこうという社会活動の基地として、この能力開発研究所を三島屋ふとん店の外につくったのです。

父はなくなる3日前に三島屋ふとん店を菊屋と改め、この能力開発研究所の想いも菊屋の中に内包・封印させたのだと思います。
若かった大学を出たばっかりの私にはとても父のようにはいきません。

「まちのふとん屋時代」の20年、「ネットの蚊帳屋時代」の20年の歳月をかけた修行が必要でした。

菊屋のこれまでを「守・破・離」と置き換えれば

「守」 は まちのふとん屋時代

「破」 は ネットの蚊帳屋時代

そして、

」 は 菊屋ブランドの時代 そこを歩ませていただきます。

菊屋を継承した「昭和の時代」私ははまちのふとん屋として、必死になって下りのエスカレーターを上り続けていました。

そして、平成になってから結婚でき4人の子宝にも恵まれました。

また、新しい情報技術を活用し、ネットで蚊帳が蘇り、私は「ネットの蚊帳屋時代」を過ごし、ずいぶんたくさんの蚊帳を平成の世に送り出してきました。

これまでの、商品を仕入れて販売していくという小売業から、お客様のご要望に合わせた商品をつくって、販売していくという製造小売りができるようになりました。

その過程で出来上がったのが、安眠素材であるヘンプ・カラミ織と平織の生地です。

父の亡きあと、苦節の四十有余年、昭和と平成の世も全うし、この令和の時代を迎えることが出来ました。

この令和の時代も みなさまの安眠の導き手として努力精進してまいります。

どうぞこの先も末永くよろしくお願い申し上げます。

令和の子年 三島治
anmin.com 菊屋 代表 三島 治  拝
菊屋ロアースのロゴ画像
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脳と身体をやすめる枕~蚊帳までを提供する菊屋の物語

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