序章 菊屋物語り

あなたの安眠の担い手として

菊屋三島屋ふとん店創業当時

日本の夏の風物詩であった蚊帳(かや)が年間生産量300万張りという生産がピークに向かう途上の1956年(昭和31年)私は、静岡県磐田市で寝具店=三島屋ふとん店を営んでいた両親を選んでこの世に生を受けました。

私は生まれる前から、よく言えば「積極的」で、慌て者、落ち着きがなかったのでしょう。予定日よりも1カ月ほど早くこの世に降りてきたようです。

しかし、この世の厳しさに、怖気づいたかのように、「産声」を上げたのはしばらくたってからだったようです。

黄疸がひどく、半分死んだ状態で生まれたと聞かされています。あわてん坊で、おっちょこちょい。それに加えて、臆病者で、往生際の悪さをしっかり備えてこの世にやってきたようです。
 

また、とりあげ時に「へその緒の切断が上手くいかなかった」とも聞かされています。

※       両親はすでに40年ほど前に他界して、当時の様子を知ることはできません。

そのため、幼少年期 斜頸 (右に傾いている)が原因で、弱視、難聴、言語障害、顔面の筋緊張 (-顔の力を抜くことができない) 平衡感覚の不正常、等、普通の子とはちょっと違った個性的な子供でした。

そんな私が、あなたの安眠の担い手にふさわしい人間になるべく、成人して、弱冠22歳で家業である菊屋を継承して40有余年をこの道一筋で歩んできた様子をご案内したいと思います。

私は今、日本の夏の風物詩から消え去ったかのように思われた蚊帳を、単なる蚊除けのモスキート(=蚊)ネットばかりではなく、ムカデ対策等の安心・安眠のスリーピングネット、安らぎと癒しのヒーリングネットとしても蘇らせ、人々が健やかで、安らかに過ごせるように、みなさまの安眠の担い手として、その様々な菊屋のオリジナル蚊帳を日本全国に、時には海外にも送り出しています。
 

 また、その蚊帳の精神でつくった、睡眠改善のためのロハスな枕=「ねいるケアあんみん枕」からはじまる【講座】「クスリに頼らない安眠術」を旋回基軸として父から継承した誕生したばかりだった「菊屋」を安眠提供企業にしていこうと働かせていただいています。
 

 このようになったのは、ふとん屋の倅(せがれ)に生まれたのだから、当然だと思われるかもしれませんが、決してそうばかりではありません。

 普通なら、とっくの昔に、姿を消していただろう菊屋と私には、いつも、いつも、ありがたい不思議をいただき、壊れそうで壊れずに、沈みかけてはまた体勢をとりながら浮上し続けてきました。

実際に葦より弱い菊屋と私がこうして存在しているのことに、目に見えない不思議な力に感謝しています。ご先祖様に感謝しています。

睡眠革命の出発点

菊屋の歴史R2年

「まちのふとん屋時代」を精一杯に生きながら、「ネットの蚊帳屋時代」を通して辿り着いた「おお麻・ヘンプのカラミ織」の素材は、蚊帳の到達点であり、また人々の安眠への出発点であると強く感じています。
 
古くて新しい最高の蚊帳の到達点であった「おお麻・ヘンプのカラミ織の生地」は、眠りと人生を変えるスピリアルな睡眠革命の出発点であったのです。

なぜ、私はここにいるのだろうか? 

私の出くわす場面にはどんな意味があって、そこから私は何を学ぼうとしているのか?

そして、私のミッション(使命)は何なのか?

さらにこの先、どのようにしてこのシナリオを演じていくのだろうか?

場面展開の重大なカギを握る人々とはどのように出会うのだろうか?

・・・と自分自神との自問自答を繰り返し、聖なる邂逅に想いを馳せながら、人生のライフサイクルをふとん屋ならではの商品のライフサイクルと併せて描いてみました。

この図と照らし合わせながら、ここに自己紹介を記してみようと思います。

果たして、anmin.com 菊屋、そして生まれた時からふとん屋の私が、あなたの安眠の担い手として相応しいかどうか、この先も末永くお付き合いしていただけるかどうか、ご吟味していただければたいへんうれしく思います。

何卒、よろしくお願い申し上げます。

よろしかったら 第一幕 三島屋ふとん店時代

菊屋三島屋ふとん店創業当時
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脳と身体をやすめる枕~蚊帳までを提供する菊屋の物語

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