今こそ出雲大社と伊勢神宮へ
眠りの神様 と 目覚めの神様
平成から令和への御代移りに際して、家内と伊勢神宮へ詣でました。
そして令和3年の神無月、「八百万の神(やおよろずのかみ)」が集まっている出雲大社に詣でました。
日本には数えきれないほどのたくさんの神様と神社がありますが、この島根県の出雲大社と三重県の伊勢神宮は、日本人なら誰もが知っている心のよりどころとも言える、別格の二大神社です。
さらに、私たちの眠りにも大いに関係していることが分かったのです!
伊勢神宮には目覚めの神様、出雲大社には眠りの神様だということが分かったのです。
【伊勢神宮】
天界と地上界の主で、天界の最上級神である「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」をお祀りしている神社。
また、伊勢神宮の「神宮大麻」は天照大神の化身として、日本全国の神社を通して各家庭に配られています。
「天照大御神」は、天皇家の祖先の神と言われています。そのため伊勢神宮は神社を代表する神社と言われています。伊勢神宮の注連縄はおお麻・ヘンプでできています。
【出雲大社】
毎年・旧暦の10月(11月)には全国から「八百万の神(やおよろずのかみ)」が集まって、会議を行い、世の中のあらゆる事を決めると言われる重要な神社です。
主の神様として祀られているのは国つ神(地上の神)のリーダーである「大国主大神」です。出雲大社の注連縄は真菰(まこも)でできています。
【神さまの家系図】
「天照大御神」は「伊邪那岐命(いざなぎのみこと)」から生まれました。また「大国主大神」の直系の祖先である「須佐之男(すさのおのみこと)も「伊邪那岐命」から生まれました。
伊勢神宮も出雲大社も、祀られている神の祖先はどちらも同じ「伊邪那岐命」ということです。
大和朝廷・神武天皇から見ると
出雲大社と伊勢神宮との関係は、神武天皇から始まる大和朝廷が関係します。大和朝廷の本拠地である「大和≒平城京」は、この「出雲」と「伊勢」とを一本のラインで結ばれます。
「大和」から見た、伊勢は「東方」の位置にあたります。東は日の昇る方向であり、当時では「生」を象徴する方位だと言われていました。
一方、出雲は西方の位置にあたります。西は日の没する方向です。
西は「死者の国のある方位」とも言われて、出雲は、死者の国への入り口であると考えられていました。
「生と死」と同様に、「睡眠と覚醒」も、「出雲は眠りの国」、「伊勢は目覚めの国」となります。
二つで一つ <伊勢と出雲>
天(伊勢)と地(出雲)
生(伊勢)と死(出雲)
覚醒(伊勢)と眠り(出雲)
日昇(伊勢)と日没(出雲)
清いもの(伊勢)とけがれ(出雲)
このように、対極する「陰と陽」の二つがあって成り立つのです。
すなわち、伊勢神宮と出雲大社は二つで一つと言えます。
「眠りよければ、目覚めよし」
「生と死」同様に「睡眠と覚醒は一つであり、切り離せない関係」です。
菊屋は、輪廻転生を繰り返す私たちの魂に、今日をしっかり生き抜くための、良い眠りづくりに寄与したいと努力をしてきました。
「朝に道を聞いて夕べに死すとも可なり」の精神で、ぐっすりと潔く眠りに就いていただきのです。
神さまの思し召し「平和と人々の幸福」
出雲市市民文化部産の画像 「日が沈む聖地出雲」
当時の大和王朝にとって、伊勢神宮と出雲大社の二つの社は、「人々が平和で、幸せに暮らせる国づくり」のため重要な役割を果たしていたと考えられます。
それぞれの神社の注連縄に用いられている、麻と真菰も神々の願いの象徴ともいえましょう。
菊屋は令和を迎える時に出雲を、そしてアフターコロナの時代に向けて出雲詣でをます。
ぐっすり眠って、人生を輝かせましょう!
出雲の神様と、伊勢の神様に祈り合わせて、
とりわけ今回の出雲大社詣では
菊屋は「みなさまが健康で快適にやすめますように!」と、出雲の国からの祈りを込めて、健康敷布団【キャップロール】をご提案します!
菊屋では出雲からの【キャップロール】にお伊勢さまの【おお麻・ヘンプのシーツ】をお付けします。
キャップロールは明治10年創業の浅尾繊維工業さんのもとで再生されています。5代目浅尾大介社長とも、この縁(えにし)を大切に、眠りを大切にと、絆を結んでまいりました。
そして、菊屋の取り組んできた麻・ヘンプとの関係を確認し、キャップロールをお買い上げの方にヘンプのカセットシーツをサービスさせていただくようにいたします。