菊屋:60の誠実な会社のお話 ソトコト

菊屋:60の誠実な会社のお話

60の誠実な会社 菊屋

めざすものはよりよい環境と地域の潤い。ほんとうの意味で、社会への利益還元を優先する会社の特集が組まれました。

ひらめき!ユーモア!感動!の60の誠実な会社に菊屋は選ばれました。

菊屋を取材 ソトコト御一行様

ソトコトご一行様

月刊ソトコトの井口さん、ライターの岡部さん(女性)、カメラマンの渡邊さん(左)がご来店。誠実な会社として菊屋の三島(右)を取材してくださいました。

今回「60の誠実な会社」に選ばれて掲載されたことは菊屋だけでなく菊屋の商品を購入していただいたお客様の健康と環境への高い意識が評価されたことだと、たいへんうれしく思っています。

以下、記事内容

磐田から世界へ蚊帳の輪

ソトコトで菊屋 三島治・朋子

区画整理が進む静岡・磐田にも、昔ながらの風情を携えた商店街は今も残る。
同じ商店街の子どもとして三軒隣に育った幼なじみの三島治さんと、朋子さん。
二人が営む寝具専門店「有限会社菊屋」では、昔懐かしい「蚊帳」を取り扱う。
磐田発、世界を救う「蚊帳」のススメ。
photographs by Shiko Watanabe text by Norie Okabe

蚊帳が織り上げた、人と人の心

頼む営業から、頼まれたことをやるように。

 蚊帳なんて時代遅れ――。

菊屋の店主・三島治さんが、幾度となく浴びせられてきた言葉だ。

しかし、今の時代でも蚊帳を必要としている人は山ほどいる。皮膚が敏感で殺虫剤が使えない人やエアコンが苦手な人、そしてマラリアの恐怖に怯えるアフリカの子どもたち。三島さんは、そんな人たちのために、現代に蚊帳を蘇らせた。

「蚊帳屋さんかと思われがちだけど、もとは布団屋なんです」と、寝具が積まれた店内で、三島さんは笑う。

父・昇さんが、『三島屋ふとん店』を創業したのが約60年前。1978年に菊屋へ改名、その3日後に、昇さんは白血病で亡くなってしまう。三島さん、22歳のとき。

「なんとしても、のれんを絶やしてはいけない」一心で、勤めたての会社を辞め、家業を継ぐ覚悟を決めた。
  折しも、商店街の存続危機が囁かれた時代。

三島さんは、「待っているだけでは、店が潰れてしまう」と、個別訪問営業に乗り出したが、どうにもうまくいかない。いよいよ業績が先代の半分まで落ち込むと、「寝具専門店」を掲げる菊屋の使命を改めて見つめ直した。

「第一は『人々に健康で快適な眠りを提供する』こと。人の役に立てる店にならないといかん。そのためには、もっともっと勉強しなきゃいかん」と、自らの至らなさにムチを打った。

 それを機に、「睡眠環境学会」などで、「眠り」の勉強を始める。そこで、「一生涯の師」と仰ぐ枕博士・加藤勝也さんに「一人ひとりに合った枕がある」と教えられた。

その知識を活かし、1996年には、ホームページ「あなたの枕を捜します」を開設。
40の手習いで、ホームページ開設の勉強をすることになった。でも「ちゃっとやらにゃあいかん!」。遠州弁でいう「思い立ったら即行動」の精神で、三島さんいわく「今にも潰れそうな田舎の布団屋のオヤジ」の挑戦が始まった。

「蚊帳は売っていますか?」――

蚊帳との縁も、そんなネット上の問い合わせから始まった。
子どもが殺虫剤嫌いで困っているが、蚊帳を扱う店が見当たらないという。「蚊帳があれば、安心してぐっすり眠れるのに……」。そう言われてしまったら、ちゃっとやらにゃあいかん! すぐさまネット上で蚊帳の販売を始めた。

頼む営業から、頼まれたことを叶える営業へ。それで生計が成り立ってきたと三島さんは言う。

「相手に捧げると、巡り巡って幸せになれる。?ありがとう“って言われると嬉しいでしょ(笑)。頼まれたことをやることで、いい循環ができるんです。
人の役に立ってこそ初めて自分が生かされる。私の原点はそこにあります」

 蚊帳の開発を通じて、人との縁にも恵まれた。「あるとき、お客さんから”洗える蚊帳がほしい“と頼まれた。これまでの蚊帳は、縦糸と横糸を合わせるだけの【平織り】で、それを糊で固めた生地だったので、洗うことができなかったんです。
磐田は織物産業の街。機織りの情報を聞いて回り、辿り着いたのが『遠州ネット』さんでした」。

  2本1組にした縦糸を横糸に撚って絡ませる磐田の伝統技術【カラミ織】を得意とする「遠州ネット」は、当初シラス漁に使う魚網を作っていた。

しかし、「その技術で、うちの蚊帳を織ってほしい」と懇願する三島さんを、社長の佐野公生さんは追い返した。

三島さんが蚊帳の素材としてこだわる「天然麻」の「カラミ織」は前例がなく、開発するにはお金も労力もかかる。それに、「蚊帳なんて時代遅れ」という想いが拭えなかった。

それでも、「お客さんから頼まれているんです」と懲りずに何度も工場へ訪れる三島さんに、佐野さんは「根負けした」と言う。「本当にしつこかったんです(笑)。でも、おかげで私は技術を高めることができた。10年経った今では感謝しています」。

 縫製を手がける「藤原商店」の藤原秀記さんとも30年来の付き合いだ。

「三島さんは、突然、私を奈良の蚊帳工場に連れて行き、なにを言うかと思えば、【日本一の蚊帳職人になれ】と(笑)。

そのときは想像できませんでしたが、今は蚊帳職人として、やりがいを感じています」と、藤原さん。

三島さんは、「この二人がいなければ、私の夢が叶うことはなかった」と、しみじみ。「これは地域が持っている力の蓄積。蚊帳の【カラミ織】のように人もからみ合って循環しているんですよ」。

「蚊帳の輪」は世界にも広がっている

三島さんが考える「よい睡眠の条件」は、物理的、身体的、精神的、3つの環境が調うこと。「よい睡眠は人々を幸せにし、世界を救う。

一人でも多くの人が安眠できる世界になりますように」。そんな想いで「安眠運動」を行っている。
そのひとつがアフリカへの蚊帳の寄贈。「蚊帳」は、マラリア対策として大きな威力を発揮する。

三島さんは、これまでにカメルーンへ100張り、マダガスカルへ300張り寄贈している。
そもそもは、カメルーンで助産師を務める古田望美さんとの出会いがきっかけ。
「子どもを救うには、たくさんの蚊帳が必要です」。現地の深刻な状況を聞いた三島さんが、古田さんへの寄贈を申し出た。

「菊屋の麻の蚊帳は、4万5万円ほど。海外産の蚊帳は4~5ドル。少しでも多く寄贈をしたいので、バンコクで蚊帳製造を行うマルセル・ダブルマンさんに基金を送り、彼から現物を送ってもらっています。日本で人の心を癒す蚊帳が、アフリカでは命を救う蚊帳になる。このアクションは、蚊帳を扱う者としての使命といえるでしょう」

「せっかくだから」と誘われ、蚊帳の中に入り、横になってみた。

「亡くなった祖父母と蚊帳で過ごしたことを思い出す」と伝えると、「家族がバラバラになっても、蚊帳に入れば、みんなで昔いっしょになって暮らしていた人のことを思い出せる。蚊帳の中に入れば、みんな仲よくなれるんだよ」と、三島さんが微笑む。

  誰だって「蚊帳の外」に放り出されるのは寂しい。

三島さんは、こんな時代だからこそ、蚊帳が人と人の心を結ぶ、大切なツールになると信じている。

だからこそ、今日もまた呼びかける。
「さあ、どうぞ蚊帳の中へ」。

 

三島社長の金言

一、ちゃっとやらにゃあいかん!
遠州弁で、「思い立ったらすぐにやる」って意味だよ。

一、よい眠りが世界を救います。
物理的、身体的、精神的。3つの環境が調うのが大事!

一、蚊帳の外から、蚊帳の中へ。
蚊帳の中だと、家族みんな仲よしでしょ?

ソトコト:60の誠実な会社 菊屋編

ソトコト 60の誠実な会社

菊屋について 1ページ目

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ソトコト2ページ目

ソトコト2ページ目 上の写真 上から

○商店街を彩る「蚊帳」の文字。
○菊屋のハイエンドブランド「菊紋和(きくもんなごみ)蚊帳」。
○菊屋の店内には「蚊帳の博物館」がある。
○蚊帳を導入しているカルメーンの病院。
日本人助産師・古田望美さんの働きかけで実現。

菊屋の蚊帳は丈夫な「カラミ織」
○従来の蚊帳で使用されていた「平織り」。
○「蚊帳の博物館」の様子。
○2005年パリ国際家具見本市に出展した「KACOON」。
○静岡デザイン専門学校の学生と共同開発した「LOHARTH」。

菊屋について 3ページ目

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菊屋について 4ページ目

ソトコト4ページ目

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