夏涼しげ なつかしの蚊帳
小学校に入って、初めてひとりで田舎へ帰った日。
トンボ捕り、線香花火、縁側でスイカをかじり、ひとしきり遊んで眠くなると、座敷に連れられて。部屋の真ん中、半は透き通ったスクリーンの奥に、ぼんやりと布団が浮かび上がる。
そう、そこには鴨居から吊られた蚊帳があった。なんだか神聖な空間のような、外敵から守ってくれるバリアのような、そんな雰囲気につられるように、スーツと中へ引き込まれる。一人で寝るのが怖いから、しばらくおばあちゃんが添い寝して団扇であおいでくれる。
やかましいほどの虫の音も、いつしか子寺唄にかわり、知らずにぐっすりと寝入ってしまう。
日本から消えかけた懐かしの風景
死滅しかけた、ともいわれていた蚊帳が、いまネットで飛ぶように売れているという。日本一蚊帳を売る男、寝具店・菊屋の社長、三島おさむ氏、その人の力である。
小さな子どもがいるから殺虫剤や蚊取り器を使いたくない、部屋を閉め切ってエアコンを一晩中使うのは避けたい、そんなニーズが押し入れの奥に埋もれていた蚊帳を表舞台に引き戻した。
蚊帳を使えばいっさい薬品を使うことなく安心して眠れるし、窓をあけて自然の風を呼び込める。たとえエアコンをつけたとしても、蚊帳を通して風がソフトになるから体にも優しい。純麻で編まれたものなら、湿気を吸い取ってくれるので、じめじめした暑苦しい夜を過ごさないでもすむ。
古くて新しい菊屋の蚊帳
菊屋では、純麻編みの伝統的なタイブから、洋室のベッド用、アウトドア用など、さまざまなタイブを用意している。なかでも最近ヒットしているのが、菊屋オリジナル、底地付き六面張りのムカデ用。いろんな用途に広がっている。
「もともと蚊帳は虫を避けるものでしたが、快適な眠りを助ける安眠クッズとして注目されています。今では“モスキート・ネット”ではなく「スリーピング・ネット」と呼んだほうがぴったりきますね。先代から傾きかけた店を引き継いだとき、どうなることかと思いましたが、(インター)ネットでネット(蚊帳)がよみがえり、お店も復活しました」(三島氏)
さあ、かしこまらずに、どうですか? あなたも「どうぞ蚊帳の中へ」。
みずほ総合研究所発行 Fole に掲載